『あ!目を覚ましたよ!』
聞きなれた声が聞こえた。安心できる仲間の声に思考がぼやける。
無意識のうちに目を開くと、目に映ったのは笑顔のアチャモもキモリの姿だった。
『シンマル……シロウ…』
『大丈夫?どこか痛いところはない?』
『大丈夫だよっ、体が頑丈なのがウリだから』
『そう…だよ。…シンマルの攻撃なんかで――』
そこでミズゴロウは自分が意識を失っていた理由を思い出した。自分はバトルで負けたのだ。
赤跳――人間と一緒に修行を積んだポケモンに。
『まったく、もう少し気合入れて踏ん張りなさいよね。あと一撃入れてたら勝ってたわよ』
『クロム…姉……』
不意にミズゴロウに厳しい言葉を投げてきたのは黒夢。
自分に野生のポケモンとして生きていく術を教えてくれた師と呼べる存在。呆れたような黒夢の言葉に、彼女の期待に応えられず申し訳ない気持ちになるが、
不意に黒夢は手のひらを返すような言葉を口にした。
『まぁ、アタシたちの訓練方法じゃ、あれが限界だったとは思うけど』
『なっ…、それどういうことだよ…!』
『そのままよ。あんな技覚えられたら、もう少しレベル上げないと難しいわ。
運よくこっちの技が急所にでも当たれば話は別だけど』
『へへっ、対ゴーストタイプ用に覚えたんだけど思いがけないところで役に立ったよ!』
『はァ!?対ゴーストタイプってアンタ!アタシのお株奪うんじゃないわよ!!』
『ぅはー!?』
自分の地位を侵しかねない赤跳に向かって黒夢は翼で叩こうと翼を振るが、
寸前のところで赤跳と、完全にとばっちりを受けることろだったキモリは黒夢の攻撃を交わす。
しかし、自分の攻撃が外れたことによって、更に怒りのボルテージが上がった黒夢は、
休まずに赤跳に二発目の攻撃を放った――が、不自然にフワリと浮かんだ赤跳とキモリに当たりはしなかった。
「黒夢、怪我人の前でそう騒ぎ立てるものではないですよ」
『うるさいわね!人のお株を侵す不届き者への正当な制裁よ!』
「安心なさい。間違ってもあなたを差し置いて赤跳がゴーストタイプを戦うことはないですから」
「そうだよ黒夢。
ゴーストタイプはエスパータイプの技を覚えてることが多いから、下手に赤跳を出しても勝てない可能性があるから」
不意に部屋に入ってきたのは紺優とキラと黄夏。
キラと紺優の手には、買い物袋が握られている。どうやら買出しに出ていたようだ。部屋に入り、黒夢を宥めながらキラは買ってきた荷物を整理していると、
紺優のサイコキネシスによって未だ宙に浮かんだ状態でパタパタと暴れながらキラに疑問を投げた。
『えー!じゃあ、なんでボクに対ゴーストタイプって言ったの!?』
「その意図もあるからだよ?
今のところは今回みたいな戦法で使うことが多くなりそうだけど…」
「切り裂くを覚えるまで、まだしばらく掛かりますからね」
『むー…なら最初からそう言ってくれればいいのに…』
『あはは…、そうだったら黒夢さんに襲われなかったかもしれないね』
頬を膨らませて文句を言う赤跳に、
苦笑いを浮かべながらもキモリは赤跳の言葉を肯定した。
確かに、キラがシャドークローは急所を狙った戦法がメインであることを赤跳に伝えていれば、
赤跳が黒夢に襲われることはなかっただろう。赤跳とキモリの様子を見てキラは少し困ったような表情を見せたが、
不意に普段持ち歩いている鞄をガサゴソと漁ると、鞄の中から箱を取り出し、
その中から更に四角いお菓子を取り出した。
「これで機嫌、直して」
宙に浮いた赤跳たちを抱きとめ、キラは2人にお菓子を与えると、
キモリは「ありがとう!」と笑顔で受け取ったが、
赤跳は少し不満げではあったが、お菓子の美味しそうな匂いには勝てないようで、
最後の最後にはキラからお菓子を受け取った。赤跳とキモリを床に下ろし、キラは眠っているはずのミズゴロウに目を向けた。が、キラの予想に反してミズゴロウは完全に目を覚ましており、
キラを見る目には若干厳しいものがあった。
『買収かよ』
「ばい…しゅう……」
おそらく、赤跳とキモリの機嫌をお菓子で買ったことを言っているのだろう。言い過ぎのような気もしなくもないが、
事実といえば事実といえるミズゴロウの指摘にキラは思わず苦笑いを浮かべた。
『バカね、これは買収じゃなくてお詫びよ。
キラがちゃんと赤跳に事を伝えなかったせいで赤跳たちの機嫌を損ねたんだから』
「(一番の原因は黒夢の短気だと思うのですが…)」
紺優の心の呟きなど露知らず、黒夢は確かめるようにミズゴロウに「でしょう?」と問う。
黒夢の問いにミズゴロウは「それは…」と微妙な答えを返すと、
方向変えてキラ「違う?」と尋ねると、キラは少しの間を置いたが「そうだね」と黒夢の言葉を肯定した。
『――なら、アタシの機嫌も損ねてるんだから、私にもお詫びするのが筋じゃない?』
「黒夢……」
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべて言う黒夢に、キラは苦笑いを浮かべる。
どうやら、キラとフォローすることが一番の目的ではなく、お菓子をもらうことが一番の目的だったようだ。黒夢の言葉を肯定してしまった以上、赤跳たちと同様に黒夢に「お詫び」をしないわけにもいかず、
キラは箱から新しいお菓子を取り出し、黒夢に「ゴメンね」と言ってお菓子を渡した。キラからお詫びとして渡されたお菓子を、黒夢はくちばしではなく足で掴むと、ミズゴロウに視線を向けた。
『わかる?ポケモンと人間もギブアンドテイクでいいのよ。無償の信頼なんて、嫌なら築かなくていいのよ』
ミズゴロウに言いたい事を言い終えると、黒夢は器用に足で掴んだお菓子を放り投げる。
そして器用にパクッと口の中に入れると、あっという間に食べてしまった。そんな黒夢の食べ方にキラと紺優は行儀が悪いと注意したが、
黒夢は何処吹く風といった様子で定位置となったキラの頭に納まった。
黒夢に困ったような表情は浮かべながらも、キラはそれも黒夢の個性として受け入れているようで、
自分たちの注意を受け入れなかったことを今はあえて注意することはしなかった。頭の上の黒夢から、キラはベッドの上のミズゴロウに視線を移す。
複雑な表情を浮かべて押し黙っているミズゴロウ。
自分で決めた選択を受け入れようとしてはいるが――今一歩踏み出せないといった感じのようだ。なら、背中を押してやればいい。
踏み出す道がわからないのなら――踏み出す道を提示してやげればいいのだ。
「明日から特訓だよ。バトル慣れはしてるみたいだけど、基礎がなってないからね――橙流は」
『橙流……?それ…オレのことか…?』
「うん、だってゲットしたから。もう、私たちの仲間だから名前、つけてもいいよね」
ニコリとキラは笑うが、突然つけられた名前に驚いているようで、
ミズゴロウ――橙流はキョトンとした表情を浮かべて固まっていた。そんな戸惑いまくりの橙流に構わず、
橙流に名前がつけられたことを喜んだ赤跳とキモリが橙流の元へと駆け寄ってくると、
「やったー!」と声を上げて橙流に抱きついた。
『これで全員、キラから名前もらえたね!』
『うん!これでずっと一緒だよ!』
『ちょっ、ま…っ!シンマルはわかるけど、シロウは――』
『違うよ橙流!ボクは翠珠って名前をキラからもらったんだよ!』
無邪気な笑顔を浮かべてキモリ――翠珠は、橙流に自分がもらった名前を伝える。
まさか翠珠までも、新しい名前を――キラをこれほど早い時間で受け入れると思っていなかった橙流は、
驚いた様子で「翠珠…?」と確かめるように呟くと、翠珠は嬉しそうに「うん!」と返事を返した。一気に進んだ話に、橙流は思考が間に合わず呆然としている。
そんな橙流を見て「当然か」とキラは思いながら、橙流に確認しておかなくてはいけないことを聞いた。
「『橙流』って名前――でいいかな?」