キモリの翠珠、ミズゴロウの橙流の2人を何度かポケスロンに出場させ、
バトルのための基礎訓練を行った後、キラはポケスロンドームを後にすることになった。
 それは同時に、手持ちを抜けていた紺優が手持ちに戻り、
紺優の代理として一時的に合流していた黒鴉との別れも意味していた。

 

「黒鴉、ありがとう」
『ジョウトでのジム戦、頑張ってくれ』

 

 キラに簡単な応援の言葉をかけ、黒鴉はモンスターボールへと戻っていく。
黒鴉の戻ったボールに、キラは力強く「うん」と答えると、
パソコンに備え付けられているモンスターボール転送装置にボールをセットした。
 そして、キラがパソコンのエンターキーを押すと、ボールは一瞬にして消えてしまった。

 

「キラ、無事に黒鴉のボールが届きましたよ」
「うん、ありがとうフリア」
「キラー!ジム戦みんなで頑張ってねー!」

 

 パソコンの画面の中から、
黒鴉のボールが無事に家に届いたことを知らせてくれたのは、ヒイナのジュゴン――フリア。
そして、フリアの横からキラに応援の言葉を投げたのは、キラのジュゴン――海澪だった。
 2人の言葉にキラも笑顔で答え、海澪に「頑張ってくるね」と返事を返して、キラはパソコンを終了させる。
そして、少し名残り惜しそうながらもポケスロンドームを出て、
赤跳たちの特訓を行っていた自然公園へと移動した。
 自然公園の中ほどまでやってくると、キラはひとつのボールを腰のホルダーから取り、宙に放る。
するとボールから飛び出したのは、黒夢だった。

 

「黒夢、道案内…よろしくね」
『はいはい、わかってるわよ』

 

 やや面倒くさそうにキラの言葉に黒夢は答えると、黒夢はキラの頭の上に収まる。
そして、キラの頭の上から「あっちよ」と言って右斜め前の建物を指差した。
 その黒夢の指示にキラは「うん」と素直に答え、
黒夢をボールには戻さず、頭に乗せたまま黒夢に指示された方向へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然公園を抜け、36番道路を抜け、キラはキキョウシティへとやってきていた。
 黒夢曰く、このキキョウシティにあるキキョウジムは
新人トレーナーが一番初めに挑むジムとして有名なジム――なのだという。
 キキョウジムのジムリーダーのエキスパートタイプは飛行。
そのため翠珠には相性が悪いが、赤跳と橙流であれば相性は悪くなかったし、
黄夏に関しては戦いやすい相手といえた。
 ――とはいえ、チームの過半数がバトル初心者である現在のキラのパーティーでは、
いくら相性的に優位であっても、経験で状況をひっくり返される可能性はいくらでもある。
それを踏まえ、キラはトレーナーとしてポケモンたちを勝たせるための特訓を積むことにした。
 その特訓というのは、
31番道路や32番道路でバトルの相手を探していたトレーナーを相手に、
赤跳たちにトレーナー戦の経験を積ませるというものだった。
 キキョウジムは新人トレーナーが初めに挑むジム――と、黒夢が言っていたため、
キラはこのキキョウシティ周辺に集まっているトレーナーたちの大多数が新人トレーナーではないかと考え、
もしそうであれば、赤跳たちに無理させることなくトレーナー戦の経験を積むことができるはずだ、という考えに至ったのだ。
 実際、キラの予想は的中し、キキョウシティ周辺にいたトレーナーたちの大半は、
キキョウジムに挑もうとしている新人トレーナーたちばかり。
中にはすでにジムバッチを手にしているトレーナーたちもいはしたが、多いとはいえない数だった。

 

『あー!楽しかった!』

 

 ポケモンセンターのベッドに寝転んで、満足そうに声をあげるのは赤跳。
そんな赤跳を橙流は呆れたような表情で見つめている。
そして、翠珠と黄夏は酷い苦笑いで赤跳と見つめていた。

 

『ふふっ、あんなモンでもバトルなんだからホント、笑えるわ』
『ぶ〜、「あんなモン」なんだよ黒夢さん!』
『まるっきり子供のじゃれあいみたいなモンだったじゃない。
大体、アンタだってアタシのバトル見てたでしょ?』
『う゛ー…それは……』

 

 黒夢がバッチを持っていたトレーナーのポケモンと繰り広げたバトル。
確かにそれと比べてしまうと、赤跳たちのバトルは、
「子供のじゃれあい」と評されても仕方のないものではあった。
 しかし、本人たちは至って真剣にバトルに取り組んでいるわけで。
その評価が正当であれなんであれ、納得できない――というより、納得したくないのは当然のことだった。

 

『でもまぁ、野生のポケモンも、今のアンタたちみたいに
バトルのイロハを学んでいくんだから、誰もが通る道といえば道なんだけど』
『…じゃあ、黒夢さんもオレたちみたいなときがあったの?』
『そんなわけないでしょ。アタシは最初から強かったんだから』
『えー……』
「…黒夢、赤跳たちにへんなことを吹き込まないでくださいね」

 

 開口一番、黒夢に苦言を向けたのは、キラと共に赤跳たちの食事の準備を済ませた紺優。
戻ってくるなり自分に注意の言葉を投げた紺優が気に入らなかったのか、
黒夢は「はぁ?」と不機嫌丸出しで紺優の目の前まで飛んで行き抗議するが、
紺優はそれに対して冷静に正論を返し、黒夢の言葉を否定していた。
 それを赤跳たちはオロオロしながら見守っていたが、
主人であるキラはそれをまったく気にしていないらしく、平然とした様子で赤跳たちの食事の準備をしていた。

 

『……おい、主人ならケンカ、止めるべきなんじゃないのかよ…』
「…ケンカ?」
『そうだよキラ!黒夢さんと紺優さん、このままにしていいの?!』
「…………」

 

 不機嫌そうに言う橙流と、焦った様子で言う赤跳に促される形で
「ケンカ」をしているらしい黒夢と紺優にキラは視線を向ける。
 ギャーギャーと紺優に向かって抗議する黒夢と、それを冷静に否定する紺優の姿は――
キラにとって、やはり「ケンカ」と括られるものではなかった。

 

「大丈夫だよ。紺優は滅多に怒ったりしないし、黒夢は賢いから」
『で、でも…!』
「………」

 

 あくまで、キラにとっては気にかけるほどではない黒夢と紺優の口論。
しかし、翠珠たちにとってはどうしても気になるもののようで、翠珠の表情には不安の色があった。
 一度は、もう一度「大丈夫」と説得しようかと思ったキラだったが、
これほど心配しているようでは、言葉での説得は無理だと判断する。
そして、黒夢と紺優の方へ顔を向け、2人の名前を呼んだ。

 

「翠珠たちが『ケンカしてる』って心配してるよ」

 

 多くの説明はせず、簡潔な言葉をキラは2人に投げると、黒夢と紺優は顔を見合わせた。
 そして、黒夢が「はぁ〜」と疲れたようなため息をつくと、
紺優は苦笑いを浮かべて「申し訳ありません」とキラたちに向かって謝罪の言葉を向けた。

 

「ケンカをしていたつもりはなかったのですが…」
『そうよ、ただお互いに意見を言い合ってただけよ』
『…でも、それを口論っていうんじゃ……』
『違うって言ってんでしょ!!』
『ぴぎゃー!』
「落ち着きなさい黒夢」

 

 黄夏に向かって飛び掛ろうとした黒夢。それをため息交じりに止めたのは紺優だった。
 はしと黒夢の首根っこを掴む紺優。
あまりにも物理的な紺優の静止に、黒夢は「なにすんのよ!」と紺優に向かって怒鳴るが、
紺優は呆れた様子で「大人気ないですよ」と黒夢に言葉を返した。
 ――しかし、それで黒夢が大人しく引き下がるわけもなく、
またギャーギャーと猛抗議をはじめた。

 

『……今更気付いたけど…黒夢さんと紺優さんにとってはこれが「普通」なんだね…』
『み、みたいだね…』
「この間までは、間に黒鴉が入ってくれていたから……」
『黒夢さん…黒鴉さんの前では比較的、大人しかったもんね……』
『(黒夢姉、紺優さんが大人すぎるから、なおさら収まりがつかないんだろうな…)』

 

 振り出しに戻った状況の中、
赤跳たちはこの状況に自分たちが慣れるしかないのだと悟るのだった。