「ホント、勘弁して欲しいよ」
そう、心底迷惑そうな様子で文句を吐いたのは――
オオスバメのヅチに肩を掴まれ、シンオウ地方の空を移動するリョウ。
彼の眼下には、未だ若干の雪が残っているシンオウの大地。
ホウエンという滅多に雪を見ることができない地域に暮らしているリョウからすれば、
タダでシンオウ地方に渡れたことは、ある意味でラッキーだったと言っても過言ではない。だが、リョウの予想の斜め上をかっ飛んだ上に、
予定をハチャメチャにしてくれたソウキに対して、思うところがないわけではなかった。
『いいじゃねーか、どうせホウエンじゃヒマを持て余すばかりだったんですから』
「…ヅチはね」
『落とすぞコラ』
さりげなく毒を吐いたリョウに、イラっとしたヅチ。
思わず「落とすぞ」と脅すが、ヅチの毎度の脅しにすっかり慣れてしまっているリョウは、
まるで関係がないといった様子で視線をシンオウの大地へ向けていた。
完全に無視されている状況に、ヅチは本気でリョウを落としてやろうかと思った。
だが、リョウがヅチに毒を吐くのも毎度のこと――
だというのに、それに毎度反応していては大人気ない。そう、ヅチは自分に言い聞かせると、胸に沸々と湧く怒りをぐっと押し留め、
目的地であるシンオウ地方はマサゴタウンにあるというナナカマド研究所へ向かって大きく翼を羽ばたかせた。
ポケモンの研究をする研究者の中でも、かなりの古株になるポケモン博士――それがナナカマド博士だ。
ポケモン研究の世界的権威であるオーキド博士よりも、
研究者としての経歴が長いというのだからポケモン博士界では大御所と言っても過言ではない存在だろう。
そんなナナカマド博士の研究所だ。
よほど大きな研究所を構えているのだろう――と、漠然とリョウは思っていたのだが、
そのリョウの予想に反して、ナナカマド博士のいるナナカマド研究所はなかなか質素な研究所だった。
「ソウキくんから話は聞いているわ。配達ご苦労様です」
そう言ってリョウに笑顔を向けるのは、ナナカマド研究所の研究員。
愛想のいい研究員に、リョウは軽く会釈すると、彼女の案内で研究所の奥へと足を進める。
それのあとに、ソウキの作ったポケモンフードが入った袋を背負ったクイが続いた。
本来であれば、研究所へポケモンフードを届けるのは運送会社を使えば早いし安い。
しかし、自分の作ったポケモンフードを食べるポケモンたちの反応を知っておきたいという
ソウキのこだわりというか、ポリシーによって、ポケモンフードの配達はソウキ自身が行っていた。
しかし、今回は納入日が間に合わないということで、リョウにお呼びがかかり――
こうしてリョウがシンオウへやってくることになったのだった。
運送会社に配達を頼んだあとに自分で研究所を回ればいいんじゃないのか――
と、リョウはソウキに提案したのだが、どうしても人の手で渡したいと言うソウキの熱意――
というか、クイの説得に負けて、リョウは面倒と思いながらも自分に任された仕事をこなそうとしていた。
「こちらにお願いします」
研究員の女性が扉の横の壁に設置されたスイッチを押すと、ひとりでに扉が開く。
扉の向こうの部屋には多くのダンボールが積み重なっており――どうやら倉庫のようだ。
彼女の言葉を受け、リョウは荷物を倉庫に置いてくるようにクイに指示する。
そして、その指示を受けたクイは荷物を背負ったまま倉庫へと入っていき、
適当な場所に荷物を下ろすと、確認するように女性に向かって一声鳴く。そのクイの確認を受けた女性は少しビックリしたような表情を見せたが、
すぐに笑顔を浮かべて「そこでいいわ」とクイに答えた。
「あなたのラグラージ、とてもしつけられているのね」
「…あれは本人の性格です」
少し興奮した様子でクイのことを褒める研究員。
だが、それをリョウはあっさりと否定した。
実際、あれはリョウがクイに躾けた――教え込んだものではない。
あれはお互いの言葉を理解できるようになる前から、クイが当たり前と思ってやっていることだった。
リョウに会話を断たれた格好になった女性研究員は、愛想のないリョウの反応に思わず苦笑いを浮かべる。
しかし、主人の無愛想をフォローするように、
鳴き声をあげて自分が戻ってきたことを知らせるクイに思わず笑いを漏らしてしまった。
「ふふふ、あなたたちいいコンビね」
「………それはどうも」
荷物の搬入を終え、
次にリョウが通されたのは研究所の裏にある大きな裏庭だった。この広大な裏庭は、研究しているポケモンや、
トレーナーたちから預っているポケモンたちを管理するためのものなのだという。
リョウの知っているポケモン研究所――
オダマキ博士の研究所にはなかった施設に、めずらしくリョウの好奇心は刺激されていた。
「ナナカマド博士、ソウキくんの代理でポケモンフードを届けてくれたリョウくんをお連れしました」
「ああ、ありがとう」
リョウを案内してくれた女性研究員に礼を言って振り向き、
リョウに視線を向けるのは白髪と白い髭が特徴的な初老の男性――ナナカマド博士。威厳の感じられるナナカマド博士の鋭い視線に、オダマキ博士とは大違いだ――
と、リョウが感心していると、不意にナナカマド博士が「君は」と口を開いた。
「伝説のポケモンに興味はあるかね?」
「…………ないわけではないです」
直感で事情を聞くだけ無駄だと判断したリョウは、
一瞬は悩んだものの興味がないわけではないと答えを返す。すると、それを受けたナナカマド博士はまた前置きもなく率直な質問を投げた。
「私に同行しないかね」
まったく話の見えない状態でのナナカマド博士からの誘い。
リョウの経験上、ポケモン博士からの誘い、お願いというものは大抵面倒くさい。
もちろん、まったく利がないというわけではないが、
それにきっちり見合った苦労が伴う――楽できる部分で楽ができないのが常なのだ。
面倒この上ない話――ではある。
だが、伝説のポケモンがかかわってくるのであれば、リョウは少し苦労を我慢するつもりがある。とはいえ、既知の伝説のポケモンたちであれば、また話は別になってくるが。
「…話を聞いてからでもいいですか」
「ああ、もちろんだ。――座りたまえ」
そう言ってリョウにテーブルのイスに座るように進めるナナカマド博士。博士に促されるまま、リョウは木で作られたイスに腰を下ろすと、
それに続く形でナナカマド博士もイスに腰掛け、早々に自分が調べたいことについて話し出した。
「私が調査に向かいたいのは、シンオウの北にあるキッサキシティにあるキッサキ神殿。
そして、そこに眠っているというレジギガスというポケモンについて調べたい」
「レジ…ギガス……?」
「うむ、キッサキ神殿の最深部に巨大な白いポケモンが眠っているという報告を受けたのだ」
そう言ってナナカマド博士は、
研究員から手渡されたノートパソコンの画面をリョウに見えるように向きを変えた。促される形でリョウがパソコンの画面に目をやると、
そこには黒い線が入った白い体を持ち、見覚えのある模様を持った――
石造にも思えるポケモンが映し出されていた。
「レジギガスに目覚める気配がまったくないという報告なので、
レジギガスと接触すること自体には危険はない。
だが、キッサキへ向かう道中、キッサキ神殿内では野生のポケモンが襲ってくる。
なので君には道中の護衛を頼みたいのだよ」
「………」
レジギガスを収めた写真。
天井にはつらら、壁には氷が見えるこの場所は――いわずとも、キッサキ神殿の最深部。というか、寒さの厳しいシンオウ地方の北にある街のにある神殿なのだから――寒くて当たり前。
だが、暖かいホウエン地方育ちのリョウにとって、それは大きなネックだった。
「――わかりました、お付き合いします」
だが、そのネックを帳消しにしてしまうほど――
リョウにとってこの誘いは好奇心のうずくものだった。