マサゴタウンからキッサキシティへ至る道。
それはとても平坦なものだった――が、物凄く長い道のりでもあった。
 リョウ1人であれば、カンナギタウンまではヅチの力を借りて移動できたのだが、
ナナカマド博士とその助手の女性が同行しているため、
否が応にもリョウは長い道のりになる陸路を進まなくてはならなかった。
 とはいえ、端から面倒な旅になることを承知していたリョウに、
たかだか距離うんぬんで今更文句はない。
だが、ナナカマド博士と助手の好奇心にはげんなりしていた。

 

「研究者としては……大切な要素、なんだろうけど…さぁ……」
『まぁ、思った以上ではありましたね』

 

 ポケモンセンターの食堂でヅチを相手に愚痴を漏らすリョウ。
だが、リョウが愚痴を漏らしたくなるのも当然と思っているのか、ヅチはリョウの言葉を肯定していた。
 やっとのことで到着したキッサキシティ。
リョウの頭の中では、5日前にはすでにキッサキシティに到着していたはずだった。
が、キッサキシティへと向かう道中で、ナナカマド博士たちの好奇心によって、
あちらへこちらへと寄り道をすることになり――最終的に5日も無駄にしてしまったのだった。
 ――といっても、この5日を無駄だったと思っているのはリョウだけなのだが。

 

『それでも、帰りはさっさと帰る算段でいるんだ、我慢も今日までですよ』
「……だといいけどさ」
『それよりも、俺とクイだけで大丈夫なのですか?
氷タイプがうじゃうじゃいるようなとこなら、かなり大変ですよ?』
「大丈夫なようにクイに頑張ってもらうよ。……でもまぁ、最悪の事態にはならないよ」

 

 リョウのパーティー編成を不安に思い、意見したヅチだったが、
リョウはそれをクイの頑張りに任せるという果てしなく適当な答えでを返し、さらに意味深な確信を返す。
 だが、なんだかんだでリョウと一緒に過ごした時間の長いヅチだ。
リョウの言わんとしていることを理解したようで、
諦めを含んだため息を漏らすと「俺も頑張らにゃな」と言って、用意された食事を食べ進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナナカマド博士とその助手の女性と共に、
キッサキシティの奥にあるキッサキ神殿へと足を踏み入れたリョウ。
 思いのほか、キッサキ神殿に暮らす野生のポケモンたちは攻撃的ではなく、
クイとヅチには思うほど頑張ってもらう必要がないほどだった。
 とはいっても、まったく頑張ってもらう必要がないわけではないが。

 

「ヅチ、ツバメ返し」
『御意!』

 

 リョウの指示に了解の意を返し、
ヅチはリョウたちに襲い掛かってきた3体のゴルバットの内の1体に向かってツバメ返しを決める。
 ゴルバットのレベルはヅチのレベルには遠く及ばないようで、
ゴルバットはその一撃によって戦意を喪失して早々に逃げていく。
情けなく逃げていく仲間の姿に自分たちに分がないことを理解したのか、
残り2体のゴルバットもあっという間に逃げて行ってしまった。
 完全にゴルバットたちの姿が見えなくなったところでヅチは戦闘体勢を解くと、
慣れた様子で差し出されたリョウの腕に留まった。

 

『また――と、言っていたところを見ると、別の人間が最近この神殿に来たらしいですね』
「なるほど…襲ってくるポケモンが少ないわけだ」
「どうかしたのかね」
「…いいえ、なんでもないです」

 

 心配して声をかけてきたナナカマド博士に、リョウは問題ないと答えを返すと、
ヅチをボールに戻しナナカマド博士たちの下へ合流する。
そして、リョウたちは最後になるであろう階段を下りていった。

 

 

 

 階段を下りた先――そこに広がっていたのは氷の大地。
だが、この大地に対してリョウたちのリアクションはないに等しかった。
 それはこの氷の大地が上の階にもあったからということもあるが――
それ以上に、氷の大地の中央に鎮座している白い巨体に圧倒されていたことが、何よりの理由だった。

 

「ナナカマド博士とハマナさんはヅチが運びます」

 

 そう言ってリョウはヅチの入ったボールを宙に放る。
すると、次の瞬間にはボールが開き、ヅチが元気よく飛び出す。
 そして、リョウが白の巨体――レジギガスのいる中央までナナカマド博士たちを運ぶように指示すると、
ヅチは「御意」とリョウに返事を返してナナカマドの両肩を足で掴んだ。

 

「うむ。では頼むぞ、ヅチ」

 

 ナナカマド博士がヅチに声をかけると、
その言葉に答えるようにヅチは一声鳴いてナナカマド博士を連れて飛んでいく。
それを見送ったリョウは、助手の女性――ハマナに、
自分は氷の大地を滑って行くことを伝えて氷の大地に滑り出した。
 彼女のあとに、リョウ自身もヅチの力を借りてレジギガスの元へ向かってもいいのだが、
それよりも自分の足で向かった方が早い気がしたリョウなりの判断だった。
 氷の大地にポツポツと点在する岩を使いながら、
着実にレジギガスの存在する中央へと近づいていくリョウ。
後もう少しというところでリョウの頭上をハマナが横切っていき――
最後の詰めを考えているところで、リョウの前にヅチだけが現れた。

 

『惜しかったな、坊ちゃん』
「思いのほか、距離があったよ」

 

 リョウの肩を掴んで飛んだヅチがからかうようにリョウに言葉を向けると、
リョウはヅチの言葉を真に受けることなくあっさりとした答えを返す。
 そのリョウの反応をヅチはつまらなく感じたが、
下手にからかうと自分が滅多打ちにされるので、それ以上は何も言わずに、
すでにナナカマド博士たちがすでに調査を始めている中央部分にヅチはリョウを下ろした。
 石造にも見えるポケモン――レジギガス。
見上げなくては全貌を知ることができないほどに大きな巨大なポケモンに、リョウはただただ凄いと感じた。

 

「博士、この点は何かの模様でしょうか?」
「いや、これはホウエン地方に伝わる象形文字だ」
「ホウエンの…ですか。なら、写真を撮っておきますね」
「うむ、頼む」

 

 熱心にレジギガスの周りにあるものを調べていくナナカマド博士とハマナ。
それをリョウは遠目から眺めていると、不意にヅチから「いいのか?」と疑問が振ってきた。

 

『なぁ、坊ちゃんならあれ、解読できるんじゃないですか?』
「…たぶん――ね」

 

 ヅチの言葉に背中を押される形で、ナナカマド博士たちの下へ近づいていくリョウ。
 これまで自分たちの調査に首を突っ込んでくることをしなかったリョウ。
そのリョウが最後の最後、ここにきて立ち上がった――
それに驚いたハマナはぽかんとリョウを見つめていたが、
初めからリョウが知的好奇心の旺盛な人間だと見抜いていたらしいナナカマド博士は、
何も問わずに自分たちが話題に上げていた象形文字の書かれた石盤の前にリョウを案内した。
 レジギガスの前に置かれた石版。
そこにはリョウの知っている文字が記されていた。
 石版の左上に人差し指を置き、ゆっくりとなぞっていく。
そして、リョウは読み取った文字を自分たちが使う言葉に変換して読み上げていった。

 

「いわのからだ こおりのからだ はがねのからだ
3つの ぽけもん あつまりしとき おう すがたを みせ――って、マズくないのそれは」
「えっ、どうしてそんないきなりくだけた文体に!?」
「…どう考えても最後のは僕の独り言だってわかると思うんだけど……」
「――それはそうとして、なにがマズいんだねリョウ君」
「それは――」

 

 リョウがナナカマド博士に答えようとしたその瞬間――不意に大地が震えた。
 だが、リョウは直感的にそれが地震ではないと理解すると、
ハマナに向かってクイの入ったボールを放ち、それと同時にナナカマド博士の腕を掴んで、
クイにその場を離れるように指示して、自分たちも可能な限りレジギガスから可能な限り距離をとった。
 大地を震わせている原因――それは眠りから覚めたレジギガス。
山のような巨体を持ち上げながら、レジギガスは立ち上がろうとする。
しかし、その巨体故か、レジギガスの動きはかなり緩慢で、完全に目覚めるにはまだ時間はかかりそうだった。

 

「………リョウ君、まさかとは思うが…」
「…ナナカマド博士の考えている通りだと思います」
「ど、どういうことなんですか博士!?レジギガスが目覚めるなんて…!」
「…リョウ君のポケモンが原因だ」
「ぇ…?」

 

 リョウのポケモンが原因――と言われ、ハマナは自分を守るようにして前に立っているクイに視線を向ける。
しかし、ハマナの視線を受けたクイは慌ててブンブンと首を振って自分が原因ではないと主張する。
では――と、次にヅチに視線を向ければ、ヅチは冷静に首を振った。
 ならば誰が原因なのだ――と、ハマナがリョウに視線を向ければ、
いつの間にやらリョウはレジギガスの前に立っていた。