シロガネ山のふもとに店を構える勝負処――Twilight Cafe。その朝は――早い。
 早朝訓練と称されたそれは毎朝行われる。
シロガネ山の新鮮な湧き水を手に入れるため、Twilight Cafeのオーナーであるミウと、
その日の当番となった2体のポケモンとでシロガネ山へと登り、わざわざ湧き水を汲むのだ。
 勝負処をオープンした当初は、これでもかというほどにニドキングのポルが抗議と抵抗を繰り返したが、
その度にエレブーのボルがポルをなだめ、プクリンのバルがポルを実力行使で黙らせ――
――数ヶ月のうちにそれはミウたちにとって日課となっていた。

 

「やはり、この季節になると寒いことこの上ないね」
『……なら冬場だけ休めよ…』
「何を言ってるんだいポル。このコーヒーの美味しい季節に」

 

 幸せそうな笑みをうっすらと浮かべて、ポルに言葉を返したのはミウ。
そんなミウの姿を見たポルは、至極面倒くさそうな表情を見せたが、
毎度のことすぎるミウのコーヒーへの情熱に怒りよりも諦めが勝ったのか、
ため息をひとつつくと満タンになったポリタンクに手を伸ばした。

 

『しっかし、あのバルが風邪をひくとはな』

 

 不意にしみじみといった様子で口を開いたのはポル。
というのも、今日の水汲み担当はポルとバルの2人。
しかし、風邪をひいてしまったバルは現在、オーキド研究所で療養中の状況にあり、
今日の水汲みはミウとポルだけで行っていたのだった。

 

「みんなの健康管理にはきちんと気を配っていたつもりだったのだけど……。私もまだまだ甘いみたいだね」
『………いや、別に……お前のせいじゃねぇだろ…』
「…ポル?」

 

 珍しいこともあるもので、バルの体調管理をしてやることができなかったことをミウが反省していると、ポルがフォローするような言葉をかけてくる。
滅多にあるものではないポルのフォローに、ミウは確かめるようにポルの名を呼ぶと、
我に返ったらしいポルが乱暴に2つ目のポリタンクを引っ掴むと、照れをごまかすように水を汲みながら弁明をはじめた。

 

『ホ、本当のこと言っただけだろがっ!バルの風邪はアイツの自己管理ができてない証拠だッ』
「そう…だろうか?」
『そうだよッ!このクソ寒い冬に何も羽織らないで夜更かししてんだ!かっ、風邪ひいて当然だろ!』
「…まぁ、それはそうだね」
『だから、俺は本当のことを言ってるだけだって言ってんだろ!!?』
「(…私は、なにも言ってないのだけどね)」
『な、なに笑ってんだ!!』
「なんでもないよ」
『……っ…!』

 

 苦笑いが混じるミウの笑みに、これ以上の弁解は墓穴を掘るだけだと理解したのか、急にポルが黙る。
そして、手持ち無沙汰になったポルは気を紛らわせるかのように、
満タンになったポリタンクを持ち上げたり降ろしたりをポルは繰り返していた。
 そんなポルの後姿がこの上なく面白かったミウだったが、
さすがにここで笑ってはさすがのポルも可哀想だと思い、ミウはぐっと笑いを心の中で堪え、
何事もなかったかのようにしんしんと降る雪に視線を向けた。

 

「……ポル、水汲みは中止だ」
『…はぁ?何を今更――』

 

 何の前触れもなく水汲みの中止を言い出したミウ。
そんなミウの勝手な言い分にムッとしたポルは文句の言葉を口にしながら
ミウのいる方向へと視線を向けると――ミウの言い分は尤もだと考えを改めた。

 

「…………」

 

 新雪の上に横たわっているのは白髪の青年。
降り積もる雪と同じように真っ白な肌には温かみが感じられない。
まずい――そうポルが思うよりも先にミウの方が動き出していた。

 

「ポル、急いで下山だ」
『ああ、わかった』

 

 ミウの言葉にポルは同意を返し、ミウが着ていたコートに包まれた青年をミウから受け取った。

 

『……ん?』
「どうしたポル」
『……いや、なんでもない』

 

 なんらかの違和感を感じとった様子のポルだったが、その違和感に絶対的な自信はないようで、問題ないとミウに告げる。
ミウもポルの感じた違和感は気にはなかったが、それ以上に青年の生死の方がよっぽど重要だと判断すると、
ポルに違和感について伝えるようには指示せず、「頼んだ」と言葉をかけるとシロガネ山の方へと走り出した。
 上着もなしに、冬のシロガネ山を走り回るなど正気の沙汰ではない。
だが、生死の境をさまよう青年のことを考えれば、ミウの判断は最良といえた。

 

『(俺は――俺の役目を果たす!)』

 

 不安を振り払い、ポルは青年を抱えて自宅である勝負処へと急ぐのだった。