「峠は越えた…――あとはゆっくり休ませてあげれば大丈夫だ」
落ち着いた様子でそう言い、カウンター席のスツールに腰を下ろしたのは、
長い金色の髪をひとくくりにした白衣の男性――の姿をとった伝説のポケモン・ファイヤー。
彼の言葉にミウたちはホッと息をつき――全員の気持ちを代弁するようにミウがファイヤーに「ありがとう」と礼を言った。
「セレーノのおかげで助かったよ」
「なに、困った時はお互い様さ。――…それに、彼は私が診るべき存在だったしね」
「? どういうことだ?」
「…わからなかったかい?彼はポケモンだよ」
「!」
「…それも、ただのポケモンじゃない。あれは――…ミュウツーと呼ばれるポケモンだ」
「………ミュウツー……。…確か……人工的に生み出されたポケモン、だったか…」
何年も前の記憶を引っ張り出し、ミウは自分の頭の中に浮かび上がってきた情報を口にする。
そして、自分の言葉の真偽を確かめるようにミウがファイヤー――セレーノに視線を向ければ、セレーノは静かに頷いた。
「ミュウツーはミュウ様の遺伝子を基にして生み出されたポケモンで、この世に一体しかいないポケモン。
…そして本来、彼はハナダの洞窟に幽閉されているはず、なんだが……」
「幽閉…?……随分と横暴だね」
「…ああ、彼の存在は私たちの間でも可否の問われる存在でね…。
存在を認める――その代わりに、ハナダの洞窟を出てはいけない――人の目に付かないように、とね」
「…………」
尤もなようで傲慢なセレーノの言い分に、ミウの表情は無くなり――その身を包む感情すら失われる。
ミウのそれは彼女の機嫌が底辺に近づいている――という証拠。
そしてそれを知っているらしいセレーノは、ふと困った様子で苦笑いを漏らすと、まず自らの非を認めた。
「…私たちのエゴも確かにある。…けれど彼は危険なんだ。
ミュウ様――すべてのポケモンの遺伝子情報を持つポケモンの遺伝子を改竄して生み出されたポケモンである彼は……」
「……なるほど」
セレーノの言わんとしていることを察し、ミウは納得の言葉を返した。
危険な力を持つミュウツーを放置することは危険――
――だが、それ以上に危険なのは、そのミュウツーと人間が接触した場合。
ミュウツーの力が勝れば人間が危険で、人間の力が勝れば――多くの危険の「可能性」が浮上する。
それを考えれば、ミュウツーを人目の付かない場所に追いやるのは――最良、とはいえた。
「セレーノ」
「なんだい」
「…彼は………」
「――何事も無ければ、ハナダへ戻ってもらう」
「…もし、私がゲットする、と言ったら?」
「それは承知できない――し…そも本気ではないだろう?」
「いや…割とそうでもない」
「…………またどうして?」
「…なに、ただの哀れみ――同情だよ」
そう言ってミウは自嘲する。
セレーノ――伝説のポケモンたちの都合で幽閉されたミュウツーを開放するために、ミュウツーを自分の元に置く。
そう語れば、まるでミウがミュウツーを助けたようにも聞こえるけれど、それも結局はエゴ――同情による善意の押し付けだ。
そうして何の気になしに自分の頭の中に浮かんだどうしようもない考えを、ミウは呆れを通り越してただ自分を笑った。
「同情…か……――らしくないね」
「ああ、自覚はあるよ。…でも、どうにも彼はこのままではいけない気がしてね」
「……ミウの『勘』はよく当たるからねぇ」
「変化の兆候、とでも?」
「彼にとってのそれ、であるならいいけれど、それ以上の変化、であったなら……」
「…まったく、慎重だね」
「む、悪いことではないだろう」
「でも、もう少し前向きに考えてもいいんじゃないのかい?変化の全てが悪いものとは限らないだろう?」
ミウが前向きな言葉を返せば、セレーノは少し困ったような表情を見せる。
自身の後ろ向きな考え方に自覚があり、ミウの考えにも納得した、からなのだろう。
しかし、だからといって自分の中にある懸念が払拭できたわけではないようで、すぐに難しい表情を見せる。
そして、そんなセレーノを見たミウといえば――ふと、セレーノの肩をポンと叩いた。
「微力ではある、が――お前の手にはなれる」
「!」
「必要なら、勘定に加えておくれ」
薄く笑みを浮かべミウがそう言えば、セレーノはきょとんとした表情を見せた――が、
すぐに困ったような笑みを浮かべると、一つため息をついて「参ったね…」と漏らした。
「…では、何かあった時には頼らせてもらうよ、ミウ」
「ああ、是非頼っておくれ」