シロガネ山で白髪の青年――ミュウツーを保護して一夜が明けた。
セレーノの治療が終えて以降も、ミュウツーは苦しみだすようなことは無く、静かに眠り続けていた。
そうして迎えた朝は――また、静かなものだった。…いや、静か過ぎるくらいだろうか。
「…………」
ベッドの上で上半身を起こした状態で縮こまり、怯えた様子でミウとセレーノを見るのは、人の姿のままのミュウツー。
だいぶ、警戒されてはいるが、睨まれていない――敵意を持っていない、というのはミウにとって幸いなことで。
これなら、色々と話も進めやすいか――と、ミウが思っていると、不意に横で強い光がほとばしる。
反射的に腕で目を覆い、光が晴れたところでミウが腕を下ろせば――
――彼女の隣には、穏やかな炎を宿す一羽のファイヤーの姿があった。
「……!」
『そう怯えることは無いよ。
私がここにいるのは、彼女に君を助けて欲しいと頼まれたから、だからね』
優しい声音でセレーノがそう言えば、ミュウツーは不思議そうに首をかしげてミウを見る。
できるだけ彼の気持ちを乱さないようにミウは、彼に応えるように少しだけ笑ってみせる。
すると、ミュウツーはより不思議そうに首をかしげた。
青年の姿をしながら、子供のような反応を見せるミュウツーをミウが微笑ましく思っていると、
不意に改まった様子でセレーノが「コホン」と咳払いする。
その意味――本題に入る、というのをミュウツーは理解したようで、怯えた様子で自分の膝をぎゅっと強く抱いた。
『けれど、伝説のポケモンとして、私には君がここにいる理由を知る義務がある…――
――のだけれど、でもまずは朝ごはんにしようか』
セレーノわざわざな倒置法に、ミウは苦笑いしながらも、彼の言葉に同意するようにして――部屋を出た。
ロールパン、スープにサラダ、目玉焼き。
簡素ではあるものの、朝食としてはバランスがとれたそれを食べるミュウツーの姿――を、ミウは眺めながらカフェオレを口にする。
けれどそれをすぐにやめて、ミウはサラダの食べ方に困っているミュウツーにフォークの使い方を教えた。
言葉での返事は無い、けれどミュウツーはミウの言葉を聞き、それに倣う。
その姿は本当に何も知らない子供そのもので。
とてもミウには、彼が多くの危険の引き金となる可能性を秘めたポケモンには思えなかった。
そんなことを思いながら、ミュウツーの食事の面倒を見ていれば、数十分の時間をかけてミュウツーは食事を完食する。
最後に「ごちそうさま」の仕方までを教え、それをミュウツーが実践する。
それにミウが「お粗末さまでした」と答えて、彼の元から空の食器を乗せたトレーを取れば、
少しの間を取ってから人の姿を取ったセレーノが「それじゃあ」と優しい声音ながらも、本題を切り出した。
「君の身に、なにがあったのか――教えてくれるね?」
「……………」
優しいが、どこか威厳のある声でセレーノがミュウツーに問えば、ミュウツーは上げていた顔を下げてしまう。
けれどそれは萎縮して、ではなく、何処か困惑の混じりのもので。
それをミウたちも察して急かすことをせず、静かにミュウツーが話し出すのを待つ。
すると、ミュウツーもミウたちの気持ちを察したのか、ぎゅっと拳を握り――ふと、消えそうな声で「あの…」と口を開いた。
「…………なにも…、わからないんです…」
「……、…だろうね」
「! わかっていたのか?」
「ああ。本来、彼はこんなに穏やかに対峙できるポケモンじゃない――」
そう――言って、セレーノがミュウツーに触れた瞬間、ミュウツーから強い光が放たれる。
既視感のあるそれに、頭の片隅で「なぜ?」と思いながらミウは手で目を塞ぎ――
――光が収まったところで再度、ミュウツーに視線を向ければ、そこには白髪の青年の姿は無く、
居たのは灰色がかった体と紫色の長い尻尾が特徴的なポケモン、だった。
『……ボク、は………っ?』
「君は人間ではなくポケモン――ミュウツーだ。
…そして、私の見解が間違っていなければ、君の名は『ヘレティク』――覚えはないかい?」『ボクは…ミュウツー…?ヘレ…ティク……?』
セレーノの言葉を繰り返すミュウツー――ヘレティク。
その顔は、今自分に突きつけられている事実が信じられないといった様子の戸惑いと困惑が入り混じるもの。
どうやらセレーノの懸念は的中したようで、ヘレティクは先ほどまで自分を人間だと思い込んでいたらしい。
…でなければ、全てを疑うかのようにまじまじと自分の姿を見つめることはしないだろう。
状況を飲み込めていないヘレティクを前に、ミウはふと視線をセレーノに向ける。
すると、そのミウの視線に気づいたセレーノは、何も言わずにただ苦笑する。
そんなセレーノの返答を受けたミウは、特にリアクションを返すことなく視線を前へ――未だ自分の手を黙って見つめているヘレティクへ戻した。
『………ボク、は…ミュウツー……。
…ボクは……ポケモン…。…ポケモン…………そう…だった気がする……』
情報を反芻するように、ヘレティクが自分がミュウツーであることを、ポケモンであることを何度も繰り返す。
そうすることで、失われた――いや、あやふやになった記憶を取り戻そうとしているのだろう。
――そう思いながらミウがヘレティクの姿を見守っていれば、不意にセレーノがヘレティクからミウを庇うようにスッと前へ進み出た。
『…あの』
「なんだい」
『ボクが…ポケモン、であることは……わかり、ました…。…でも、その記憶が、ない……です…』
ヘレティクの言葉に、セレーノは納得した様子で「ふむ」と漏らす。
そのセレーノの次の言葉――ヘレティクに対する答えをミウが待っていると、
不意になぜかセレーノの視線がくると回ってミウに向いた。
「ミウ」
「…なにかな?」
「早速、君を頼っていいかな?」