遺伝子ポケモン・ミュウツーとは、ミュウの遺伝子を基に、
それを改竄――戦闘能力を極限まで引き上げて生み出したポケモンだ。
そして戦闘能力を極端に引き上げたため戦闘本能が非常に強く、戦闘に特化した非常に凶暴なポケモンでもあった。
 このミュウツーというポケモンは、多くの危険を排除するためにと、
伝説のポケモンたちの手によって、ハナダの洞窟の最深部に幽閉されていた。
しかし、今ミュウツー・ヘレティクがいるのはシロガネ山だった。
 現在、ヘレティクはセレーノの監視の下、シロガネ山で生活している。
そして、そのセレーノから頼み事をされたミウといえば、
シロガネ山のふもとにある牙城・TwilightCafeを出て――双子島の最深部に訪れていた。

 

『まぁ、ヘレティクが記憶を失って…?』
「はい」

 

 優雅に口元を羽で隠し、小首を傾げるのは、美しい青色の鳥ポケモン――フリーザー。
この双子島を、そしてカントーを見守るポケモンの一体であり、セレーノの同僚とも呼べる伝説のポケモンだ。
そんなフリーザー――スノウの元へミウがやってきたのは、それがセレーノ頼み、だったからだ。

 

『確かにこれは…セレーノ一人で片付けられる問題ではないわ……。
…けれど、私たち三羽が揃ったところでどうなるか……』
「……それほどにミュウツーというポケモンの戦闘能力は…」
『ええ…本当に――破格のものよ』

 

 深刻な表情で言うスノウに、ミウは「そうですか…」と答えながらも、ミウはスノウのその言葉を素直には飲み込めなかった。
それというのも、全ては自分が目にしたミュウツー――ヘレティクの姿。
彼の何も知らない子供のような姿を見ては――それがそこまで凶暴なポケモンとはどうしても思えなかっった。
 …ただこうして、スノウ――伝説のポケモンたちを召集するという役目を、セレーノが自分に任せたという事実が、
ヘレティクの存在の重要であるとミウに物語っていた。

 

『…とにかく、ここで話していても仕方ありませんね…――シロガネ山へ向かいましょう』
「はい」

 

 シロガネ山へ向かうと言うスノウの言葉に頷き、ミウは後ろに控えさせていたリザードンのサンに帰還を告げる。
するとそれを受けたサンはコクリと頷き――ずいとその身をかがめる。
言わずとも、ミウが自分の背に乗りやすいようにという配慮なのだろう。
そのサンの気遣いに、ミウは「ありがとう」と礼を言ってひょいとサンの背に乗り込む。
そしてそれを背中の感覚で理解したらしいサンは「いくぞ」と言って――バサリと大きく翼を羽ばたかせ、トンッと大地を蹴った。
 ミウを背に乗せた状態で宙へと浮かんだサン。
その姿を見たスノウは「よし」とでも言うかのように頷く――と、優雅に地上から飛び立ち、
そのままスノウはすいと流れるような動きで、ぽかりと壁に空いている穴へと入っていく。
そしてそれから少し遅れて、そのあとをサンが追った。
 右に曲がり、左に曲がり、上がって下がってと複雑なルートを通って――スノウとサンは双子島から飛び出す。
太陽の光が、暗闇になれた目に突き刺さり、目がつぶれてしまいそうな錯覚を覚えるが、それもすぐになれる。
正常になった視界に入ってきたのは灰色の曇天。ただ、空気の感じからいって雨の気配はないようだった。

 

「(嫌な天気だ…)」

 

 この先の展開を指しているかのような天気に、ミウは嫌気を覚える。
そして、変化は悪いものとは限らない――なんてセレーノに言った自分の発言を笑った。
これでは、悪いものではないかもしれない――が、大事にもなりかねなかった。
 ミウも、常の平穏無事な日々をよしとするタイプではないが、混沌の日々をよしとするわけでもない。
R団の時のような被害は起きないかもしれない――が、違う意味での被害は起きるだろう。
ただ、せめてそれが、平穏に暮らしている人々やポケモンたちに及ばなければ、とミウは思った。
 嫌な感覚を覚えながら、ミウはスノウと共に急ぎシロガネ山へと帰還する。
そうしてシロガネ山のふもとに到着したところで、スノウとサンは高度を降ろし――TwilightCafeの前へと着地する。
そしてスノウは人の姿を取り、店へと入っていき、そのあとをミウはサンと共に追った。

 

「――来てくれたか」
「…ヘレティクのこととなっては、静観はしていられませんからね」
「ま、暴れだしたわけじゃねーから?それほど切羽詰った状況じゃねーがな」

 

 店へと入ってきたスノウを迎えたのは人の姿を取ったセレーノと、
尖ったような黄色の短髪が印象的な男――の、姿をとったサンダー・ブリッツ。
こうしてここにカントー地方に伝わる伝説の鳥ポケモン三羽が揃ったわけだが、
状況が状況だけにそれはあまり喜べるものではなかった。

 

「…まず聞きますが、私たちだけで対処するつもりですか?セレーノ」
「オリジン様たちの所在は不明。
フェガリ様もオーレ地方での傷が癒えきっていない…――私たちでやるしかないだろう」
「まぁ…そうなるでしょうね…」
「はっ、そう深刻に考えることねーだろ。
――存外、レッドあたりがコイツをぶっ飛ばしただけかもしんねーぞ?」
「……はぁ…何気にありえそうだから困った話だ…」
「…………」

 

 唐突にブリッツが持ち出したのは、ミウにとってとても聞きなれた名前。
それは子供の頃からの馴染みの青年――放浪のポケモントレーナー・レッド。
強者とのバトルを求めてあちこちを転々としているレッドのことを考えれば、ブッリツの言葉は強くは否定できない。
レヘティクが破格の強さを誇っていたとしても、またレッドも破格の強さを誇るトレーナーなのだ。やはり、ありえなくは――ない。

 

「――とにかく、状況を確かめに行こう」
「だな、ここでぐためいてても仕方ねぇ」
「はぁ…こんな時、リュヌ様がいてくだされば……」
「言うな言うな。それは俺たちが常日頃から思ってることだろ」
「そう…なのだけれど……ね…?」

 

 三人揃って「はぁ〜…」と深いため息をつくセレーノたち。
ただそれは、これから向かわなくてはならないハナダの洞窟――に対するため息ではなく、
不在であるらしいリュヌという存在に対するため息のように見える。
リュヌとは何者なのか――他にも出てきた名前に対して、ミウは好奇心を刺激されたが、
それを出して話の腰を折ってもいい状況ではないと判断して、とりあえずミウはその好奇心は飲み込んだ。

 

「ミウ」
「ああ」
「ヘレティクのこと、頼んだ――」
『――それは不要、だよ』

 

 どさり、と音がして、反射的にミウたちが音の聞こえた方へと視線を向ければ、
そこには床に倒れこんでいるヘレティクの姿――と、その上の宙にふわふわと浮かんでいる薄い青色のポケモン。
ミウの記憶が正しければ、このポケモンはミュウ――のはずなのだが、どうしてもその答えにミウは確信が持てなかった。
ミウの記憶の中のミュウと、このポケモンは決定的に何かが違う。
…ただ、それがなんなのかが、さっぱりなのだが。

 

「…!オリジン様!」