以前、蒼谷は物凄い悪夢を見た。それはもう物凄かった。この世の終わりに近かった。正直、あんな夢はもう二度と見たくない。
あんな夢をもう一度見たら胃が潰れてしまう。
地面に叩きつけたトマトのように潰れてしまう。
嫌だ。そんな惨めな死に方はしたくない。だが、蒼谷を待ち構えている運命は過酷で、残酷なものだった。
竜達の再会
「キラ~、パパだよ~!」
「うん」
「ちゃんと好き嫌いせずご飯食べてるか?お母さんのいうこと聞いてるか??」
「うん」
キラの電話の向こうで話しているはキラの父親――リオ。
久々に可愛い娘の声を聞くことができて嬉しいのかテンションが若干おかしい。
が、これは毎度のことなのでキラはまったく気にしていない。
むしろ、いつもどおりの父親の姿を見ることができて安心しているくらいだった。連続で質問される他愛もない問いのすべてにキラは律儀に答えを返す。
傍で阿呆な父子の会話を聞いて蒼谷は呆れていると、不意にキラの後ろに人影が増えたことに気づく。
「あなた、無駄な電話代使うならお小遣い減らしますよ?」
「ええっ、これ以上!?」
キラの後ろに立ってそう言ったのはリオの妻であり、キラの母親である女性――ヒイナ。
笑顔で語るヒイナではあるが、その額には青筋が浮かんでいるので、ご機嫌を損ねているのは一目瞭然。
本当にリオはヒイナの機嫌を損ねるのが上手いなーと思いながら蒼谷は3人の会話に耳を傾ける。
「今すぐ本題に入るからこれ以上お小遣いを減らすのはご勘弁ください!」
「ならどうぞ」
「はい!」
びしっとヒイナに向かってリオが敬礼をすると、リオはキラに視線を向けて語り始める。
「実は、俺のポケモンたちが復帰したからキラにみんなを返そうと思って!」
「ぶーっ!?」
予想外のところから反応が返ってくる。
リオの言葉に大きな反応を示したのはヒイナでもなけれどキラでもなく、緑翼。
どうやら口に含んでいた紅茶を思い切りよく噴出したらしい。
緑翼の反応に驚いた赤焔たちは固まっているが、
ヒイナの対応は冷静なものでキッチンから布巾を持ってきて紅茶で水浸しになったテーブルを拭いていた。そんなヒイナに影響されてかリオも正常な思考能力を取り戻したのか、
キラに「いつでもいいからおいで~」と一言残して通信をぶつりと切るのだった。
特に何の用事もなかったキラは早速父親が暮らしているマーキャ地方はギンシュシティにやってきていた。リオから連絡を受けたときに紅茶を噴出した緑翼は、それはもうこのギンシュシティに来ることに反対したが、
キラがどうしても行きたいと言うので、キラの願いに負けてこうして無事にギンシュシティに到着していた。何故そうまでして緑翼がギンシュシティに行くことを拒むのかが気になって蒼谷は直接本人に聞いてみたのだが、
物凄く不機嫌そうな表情で睨まれたので「なんでもないです」とついつい言葉を返してしまい、
最終的に理由は聞けずじまいに終わった。一度はリオに会うのが嫌なのかと思ったが、リオは優しい性格をしており、非常に人畜無害な人間だ。親バカで多少トラブルメイカーな部分はあるが、それでも会いたくないと思われるような人間ではない。
「うーん」と蒼谷がうなりながら頭をひねっていると、不意にキラが「あ」と声を漏らす。
顔を上げてみるとそこには満面の笑みを浮かべて手を振りながらこちらに近づいてくるリオの姿があった。
「会いたかったぞ~、キラ~」
顔をあわせるやいなやぎゅーっとキラを抱きしめるリオ。
キラに抱きついた男は誰であろうと殴り飛ばす赤焔と緑翼だが、流石に父親であるリオには手を出さない。
キラの父親だから――というのもあるが、キラが父親を尊敬しているため、
彼に対して酷い仕打ちをするとキラに嫌われる可能性があるというのが一番大きい。
きっと、キラが一瞬でも嫌な顔をしたら彼女たち躊躇いなくリオを殴り飛ばすのだろう。ひとしきりキラと触れ合ったリオは満足そうに「ふぅ」とため息をついた。
「お父さん、みんなは?」
「キラが呼んだらみんな来てくれるよ。きっと」
キラの頭を撫でながらリオは優しく言う。
するとキラは嬉しそうに「うん」とうなずき、すぅっと息を吸い込んだ。そして声を張り上げる。
「みーんなぁー!!」
リオが管理しているという広いフィールドにキラの声が響く。
数秒静寂が支配したかと思うと不意に地響きが聞こえる。
「なんだ?」と思いながら蒼谷があたりを見渡すと、緑翼に目が留まる。表情をこわばらせ、自身の最も誇るべきである武器――爪をぎらぎらと輝かせている。
ただならぬ緑翼の殺気に蒼谷はこれから尋常ではないことが起きるのだと思った。青ざめながら顔を上げると先程まで存在しなかった場所に土煙が立っていた。気のせいか地響きが大きくなっている気がする。
いやこれは、たぶん気のせいじゃない。
『『『『キラー!!』』』』
そう声を上げながら押し寄せてくるのはドラゴンタイプのポケモンの一団。
あまりに恐ろしい光景に蒼谷は声にならない叫びを上げた。だが、キラにとってはそれは嬉しい光景のようでぱぁっと表情を明るくした。本当に時々蒼谷はキラの感性がよくわからなくなるときがある。
まぁ、今回は懐かしいポケモンたちと再会できて喜んでいるということにしよう。うん、そうしよう。ポケモンたちが全力疾走で駆けてくる。
このままではあのドラゴンポケモンたちに突進されてぶっ飛ばされるのではないかと思ったが、そうはならないらしい。
とんっと緑翼が地を蹴ったかと思うと緑翼の姿は人型からフライゴンへと変わる。
そして、力を込めた腕を思い切り振り下ろした。緑翼の爪に宿ったエネルギーが衝撃波を生み、大地を削ってドラゴンポケモンたちの一団に直撃する。
「ギャー!」という声が聞こえたが、どうすることもできない。
今下手に動くと誰彼構わず緑翼が攻撃しそうだからだ。
『そこぉっ!!』
「ぅおぎゃー!」
微動だにしなかったはずの蒼谷。なのに振り下ろされた緑翼の爪。
ギリギリのところで直撃は避けたが、先程まで蒼谷が立っていた場所には亀裂が走り、見るも悲惨な光景になっていた。恐怖のあまりにあとづさろうとした蒼谷であったが、不意に腰を下ろしている地面の異変を感じ取る。
不思議に思って地面をよく見てみると少し地面が盛り上がっていることに気づく。
その瞬間に蒼谷の中で最悪のシナリオが浮かび上がる。しかし、そのシナリオはゆっくりと動き出しているようだった。どうしようもない自分の不運さに蒼谷は自虐的な笑みを浮かべる。
そして、次の瞬間だった。蒼谷は飛んだ。跳んだのではない。飛んだのだ。いや、正しくはぶっ飛ばされたのだ!
「あぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~」
フェードアウトしていく蒼谷の声。
いつもは蒼谷のことなど一切心配しない赤焔でさえも「蒼谷ー!?」と声を上げた。しかし、蒼谷がぶっ飛ぶことになった原因は、蒼谷のことになどまったく気づいていないようだった。蒼谷を遥か彼方までぶっ飛ばしたのは地中に潜っていた一体のガブリアス。
緑翼の腕を掴んでいるところを見ると、緑翼のターゲットはこのガブリアスだったのだろう。
睨みあう緑翼とガブリアス。だが、不意にキラが一歩前に歩み出た。
「お久しぶりだね、藍陸」
『キラ~ッ!!』
キラに声をかけられ、がばちょとキラに抱きついたのはガブリアス――藍陸。
雰囲気から察するに、おそらくはキラがコキアケで暮らしていたときに仲間にしたポケモンの内の一体なのだろう。
そしてそれと同時に緑翼が会いたくなかったポケモンでもあるのだろう。体全体で嬉しさを表現する藍陸。
それを小さな体でキラは受け止めて、同じく再会の喜びを体いっぱいに表した。数年ぶりの再会なのだ。しばしの間はこの状況は許してやるべきだろう。
本当は今すぐにでも藍陸をぶっ飛ばしたい衝動に緑翼はかられたが、
キラの悲しむ顔も容易に想像できて「くっ」とこらえた。が、我慢の限界を迎えたものがいるらしい。
不意にキラと藍陸を照らしていた太陽の光がひとつの影によって遮られる。
2人はそれを特別気にしなかったが、不意に突き刺さった殺意に藍陸は咄嗟にキラから距離をとった。ドゴォッ!!その次の瞬間、藍陸が元いた場所には一体のカイリューがいた。しかも、カイリューの拳は大地にめり込んでおり、
藍陸に対して攻撃を放っていたということは火を見るよりも明らかだった。恐ろしい状況に面々が固まっている中、キラが嬉しそうに口を開く。
「橙飛?」
『そうだよ、キラ。キミの橙飛だよ』
地面から拳を引き抜きカイリュー――橙飛は優しい笑みを浮かべてキラに擦り寄る。
キラは擦り寄ってきた橙飛をぎゅっと抱きしめて嬉しそうに笑った。しばし、この時間が続くのかと思ったが、予想以上の速さで2人の時間は終わりを告げる。
『橙飛!あたしとキラの感動的な再会に水を差すとはどういうことよっ!!』
『抜け駆けしたのはキミが先だろ?そんなキミに文句を言われる筋合いはないよ』
『先手必勝!ちんたらしてるアンタが悪いのよ!』
『ならこれは、ボクを出し抜けるような策を講じなかったキミの無能さの結果だよ』
今にも戦いのゴングが鳴りだしそうな状況。
このままこの2体がバトルをはじめたらこのフィールドが焼け野原になってしまうのではないかと危惧したリオは、
キラに2体を止めるように言おうとするが、キラの笑顔を見てつい言葉を止めた。
『キラ~!』
『キ、キ、キ、キラッ!!』
「水叫!それに、碧嵐も!」
一足遅れてやってきたのはギャラドスの水叫とキングドラの碧嵐。
2体ともがキラに再会できたことが嬉しいようで無邪気に喜んでいる。
もちろん、キラも2体に再会できたことを素直に喜んでおり、愛しそうに2体を抱きしめていた。そんな様子を見て黙っていられないのが――
『離れれッ、碧嵐!水叫!』
『うん、二人は離れて、藍陸は土に還っておくれ』
『誰が還るかッ』
言うまでもなく藍陸と橙飛である。
ずかずかとキラの元へ近づきながら2体は碧嵐と水叫を威圧する。
しかし、やっと再会できたキラとそう簡単に離れてたまるものかと、水叫は口を尖らせる。
『2人ばっかりずるいよ!なんでボクらばっかり我慢しなくちゃいけないの!』
『年功序列!何事も年上優先!』
『な、なら、私だって…!』
『ドラゴンポケモンの世界は実力主義だよ?』
碧嵐たちの言葉に屁理屈を返して藍陸と橙飛はキラを独占しようとする。
だが、いい加減に我慢の限界を超えそうなポケモンがいた。が、これは言うまでもないだろう。
『ガァッ――!!』
言葉にならないほど積もりに積もった緑翼の怒りは咆哮となって発散される。
流石に緑翼はフライゴンなので、時の咆哮にはならなかったが、かなりの迫力ではあった。先程まで強気だった碧嵐と水叫もすっかり怯んでしまって思わずキラから距離をとった。しかし、緑翼渾身の咆哮も、
彼女と付き合いの長いこの2体にはそれほどの効果を発揮していないようだった。
『へっ、屁でもない』
『久々とはいえ、慣れてるからね』
『アンタたちいつまでキラにベッタベッタしてんのよ…!』
わなわなと震えながら尋ねる緑翼。
顔を見合わせた藍陸と橙飛は、不意にキラに抱きつくと返答を返した。
『『永遠』』
『死んでしまえ』
冗談を一切含まない緑翼の言葉。完全に本音だ。当然、2体は「やなこった」「お断りだよ」と言葉返す。
そうなると言葉では終止がつかなくなるわけで、即刻緑翼は鉄拳制裁に方針を変更する。
そうなることも完全にお見通しの2体は焦った様子もなく緑翼の攻撃を避けるのだった。藍陸と橙飛、そして緑翼がキラのそばから離れたのを見計らって、赤焔たちが呆れた様子でキラの元へやってきた。
「緑翼がここへきたくなかった理由がやっとわかったわ…」
「緑翼も照れ屋だよね、みんなに会えて嬉しいはずなのに」
「いや、本気で嫌ってるように見えたけど…?」
慣れてしまったが故に感覚が鈍っているのか、赤焔の言葉に対するキラの回答はぶっ飛んだものだった。しかし、キラの言葉から察するに、もうあのドラゴンポケモンたちの関係は形を変えることはないのだろう。
要するに、改善するように働きかけるだけ無駄。あれ対抗するには慣れるしかないということだ。それを悟った赤焔たちはすぐに割り切った。
「…あの3人が暴れてるうちにぶっ飛ばされた蒼谷でも探しましょ」
暴れまわるドラゴンポケモンたちを一瞥して、赤焔は蒼谷を探そうと提案する。
するとキラは「あ」と思い出したように声を上げるのだった。
■いいわけ
キラ溺愛軍団の登場です。みなさま、どこまでも、どこまでもキラを溺愛しております。
緑翼的な人が2人ぐらい増えたと思ってくださればOKです。要するに、ボーマンダ♂の生命の危機が爆発的に上昇したということです。
みなさんでキラ大好きっぷりをアピールして、みなさまをドン引きさせること間違いなしです(キッパリ)