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      夏――個人的には嫌いな季節じゃない。 
      でも、好きか嫌いかを問われれば、それは微妙なところ。 
      というか、昔の方が夏が好きだったんだ。 
       
      マサラタウンでの夏祭りに、兄さんたちと海で日が落ちるまで遊んだ日々。 
      それは、昔の夏だけに味わえた幸福な時間。 
       
      この過去の幸せを上回る幸せがない現状――僕は現在の夏を「好き」とは言いたくない。 
       
       
      「とりあえず、ワカバに帰ってお母さんに顔を見せないとね」 
       
      『えー、まっすぐ帰らないのー?』 
       
      「そう言わないでおくれよバジル。僕にとっては大切なお母さんなんだから。 
      ――それに、兄さんもしばらく帰っていないのだろうし、僕ぐらいは顔を見せないとね」 
       
       
      特別、僕のお母さんは心配性というわけじゃない。 
      けれど、まったく子供たちの心配をしないお父さんのような放任主義者というわけでもない。 
      適度に放っておいてくれるけれど、適度に心配してくれる――そういう人。 
       
      だから、僕も適度に帰らず、適度に帰らなくてはいけない。 
      お父さんに似たのか―― 
      それはわからないけれど、ホクト兄さんも滅多に家に帰らない人だから。 
       
       
      「仕事で色々な地方を渡り歩くのはいいけれど、たまには帰ってきて欲しいな」 
       
      『TwilightCafeには定期的に顔出すのにねー』 
       
      「…まぁ、それは仕事が――…そうか、『仕事』が絡めば兄さんはどこにでも行くのか」 
       
      『えー?』 
       
       
      とても今更な話。 
      仕事で兄さんが家に帰らないのなら、仕事で兄さんを家に行かせればいいだけ。 
      適当に他地方の名産物を家に送るように兄さんに仕事として頼めば、兄さんは仕事として家に行く。 
      その後に仕事が入っていたにしても、 
      兄さんの顔を見ればとりあえずお母さんも僕たち兄弟のことについては安心するだろう。 
       
      僕はちゃんとお正月休みには家に帰るのだし、 
      夏ぐらいは兄さんに親孝行をしてもらってもバチは当たらないんじゃないかな。 
       
       
      「…でも、家に兄さんがいるなら僕も家に帰りたいような……」 
       
      『えー!あたしたちと一緒に家に帰って遊ぼうよー!』 
       
      「家にはいつでも帰れるからなぁ〜。 
      どちらかというと、兄さんが家にいる方が珍しいし……」 
       
      『ぶ〜!バトル大会で負けてもしらないよー?!』 
       
      「大丈夫、大丈夫、シロナさんやダイゴさん―― 
      チャンピオンには負けても、他の人には負けないから」 
       
      「――それは聞き捨てならないな」 
       
      「おや?」 
       
       
      僕とバジルの会話に突然割り込んできたのは、 
      僕の前の前の前の部屋を担当しているカントー・ジョウト四天王における先鋒――イツキ。 
       
      彼の服装のセンスは嫌いではないが、正直その仮面に関してだけはいただけない。 
      とった方がカッコがつくと思うのだけど、彼曰く「とった方がカッコがつかない」とのこと。 
      コンプレックスを持つような外見ではないのに――勿体無い話だよね。 
       
       
      「おい、ボクの話を聞いているのか!」 
       
      「――ああ、ゴメン。聞いていなかったよ」 
       
      「…少しは申し訳なさそうにしたらどうなんだ…!」 
       
       
      イツキは相変わらず無茶を言うね。 
      僕がイツキに対して下手にでる理由がそもそもないっていうのに。 
       
      僕は四天王の中では最年少だけれど、立場は一応四天王のTOPということになっている。 
      前任だったカリンさんのこともあるけれど、過去に僕はジョウトリーグを制覇したという実績がある。 
      だからこうして最年少ながらに四番手――四天王の最後の砦を務めているんだから―― 
      一番手のイツキに対して下手に出る必要なんてないよね。 
       
      一応イツキは年上だけれど、僕はこれまで彼に一度も負けたことがないから、 
      なおさら彼に対して下手に出る必要性が感じられないんだよね。 
       
       
      「それで、僕に何のようなのかな?」 
       
      「2時からボクのフィールドでバトルをする予定だったはずなんだけど」 
       
      「――ああ、そういえば」 
       
      「…そこで謝罪の言葉はないのか」 
       
      「催促してまで欲しいなら、しないこともないけれど」 
       
      「いらないよッ。後10分待つからさっさと来なよっ」 
       
      「はいはい」 
       
       
      不機嫌丸出しで僕のフィールドから出て行くイツキ。 
      なんだかんだ言いつつ、彼は僕の下にいることに納得している。 
      だからこそ、僕がどれほど横暴な態度に出ても文句は言うけれど、それ以上のことはない。 
       
      まぁ、できないというのが正しいのだけれどね。 
       
       
      『どーするの?今日、メティとチャイブしかないないよ? 
      ――でも、イツキ相手ならあたしの噴火でヤドランさんまでなら全抜きできるかも!』 
       
       
      本当に、バジルの無邪気は美徳だね。 
      人の心をグサリと抉る重い一撃も軽く笑えてしまうのだから。 
      まぁ、ここにイツキがいたところで、 
      バジルの声は僕にしか聞こえないのだから、なんということはないのだけれど。 
       
      普段、四天王として戦うときのメンバーが2名しかいない。 
      けれど、バジルの言うとおりイツキに関しては、バジル一人でもある程度まで相手にできる。 
      メンバーの欠員は問題だけれど、相手に気づかれなければ――問題じゃない。 
       
       
      「それじゃあ、軽くイツキを揉んであげようか」 
       
      『あ、でもドータクンさんどうしよう?』 
       
      「大丈夫だよ。あのドータクンさん、ミネラル不足でちょっと不調なようだから」 
       
      『なら大丈夫だね!……でもそれ、イツキに教えてあげないの??』 
       
      「自分のポケモンのコンディションぐらい、自分で把握してもらわないとね。 
      ――彼は僕と同じ立場にある四天王なんだから」 
       
       
      四天王はポケモンのプロ。 
      バトルはもちろんだけれど、ポケモンのコンディションを整えることも、しっかりやってもらわないとね。 
      僕らは慈善業で「四天王」をやっているわけではないのだから。 
       
       
      「イツキに勝ったら、オーノーチェのフルーツタルトでも買ってきてもらおうか」 
       
      『やったー!俄然やる気が出てきたよー!』 
       
      「高給取りの四天王サマだからね、これぐらい言ってもバチはあたらないさ」
        
  
        
        
        
      ある夏の日 
      : 心金軍 
      オーノーチェ:コガネシティにある高級洋菓子店(捏造) 
        
              
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