「おすそわけ?」

「ええ、気合を入れて作ったら作りすぎちゃったの」


 ニコニコと――というか、ホワホワとした笑顔を浮かべ、
マシロの疑問に答えを返すのは、マシロの母親――イロハ。

 作りすぎた、という言葉に促される形で、
マシロがイロハの持っている紙袋の中を覗けば、
そこには綺麗にラッピングされた焼き菓子が無数に入っていた。

 ところが、その焼き菓子はピンクにオレンジ、果てには青やら緑のものまであり、
形こそマドレーヌだが、その色はおよそ人間が普通に食べる焼き菓子の色ではなかった。
――というのも、これはそもそもポケモン専用のお菓子なのだ。


「(どうしてボクたち姉弟たちは、お母さんに似なかったんだろう…)」


 自分と、そして姉たちとは似ても似つかない、
ホワホワとした笑顔を浮かべて首をかしげるイロハを見つめながらそんなことを思うマシロ。
しかし、自分の姉たちが今更イロハのような性格になったとしても、それはそれで気持ち悪いのだが。


「…ねぇお母さん」

「あらなあに?」

「ボクの…というか、大地たちの分、貰ってもいい?」

「うふふ、それなら心配要らないわ。
もう大地ちゃんたちの分は分けてあるから」


 うふふ、と微笑みながらマシロの頭を撫でるイロハ。

 急に伸びてきたイロハの手に、マシロは驚きはしたが、
相手が母親であるイロハである手前、姉たちの時のようにその手を払うことができず、
「ボクもう子供じゃないのに…」と、心の中でつぶやきながらも、
母親がある程度満足するのを待ってから、イロハの手から紙袋を二つ奪った。


「キラの家とセンタの家でしょ?」

「ええ、お願いね」


 お菓子のおすそ分け先を確認し、マシロは紙袋を手に家を出る。
キラとセンタの家へのおすそ分けはこれが初めてというわけではない。
過去に何度もお菓子からきのみ、人間の食事まで、色々なものを届けていた。

 いつものルートで行けば、センタの家が先だな――とマシロが考えていると、
不意に柵の向こうにある自宅の庭から「ご主人様〜!」と自分を呼ぶ声が聞こえた。


「…星?」


 自分を呼ぶ声――パチリスの星の声に気づき、
マシロが星の声が聞こえた方向へと視線を向ければ、
そこにはドダイトスの大地の背の大樹から手を振っている星の姿があった。

 そして、そのままマシロが足を止めたままでいると、
大地が小さなため息を一つついてからのしのしとマシロの元へと近づいてきた。


『ご主人様っ、どちらへお出かけですか!』

「…別に大したことじゃないよ。キラたちのところにおすそ分け行くだけだから」

『でしたら!私もご一緒したいです!』

「…まぁいいけど……大地は?」

『俺はいいって。大人しくお前たちの帰りを待ってるよ』


 そう大地がマシロに返事を返すと、星がぴょんっと大地の背から飛び出し、
器用に柵に飛び乗ると、その勢いのままマシロの肩へ向かってぴょんと飛ぶ――が、


『キャー!?』


 足でも滑らせたのか、マシロの肩への着地を失敗して、彼の服に掴まってバタバタと暴れる星。
正直、マシロの肩よりも柵の方が足場としては狭かったような気がするのだが、
そんなことを真面目に論じても仕方がないので、
マシロはため息を一つついて星の首根っこを掴むと、改めて彼女を自分の肩に乗せた。


「はぁ、今度は落ちないでよ」

『は、はい、気をつけます…』


 そうして、マシロは肩に星を、そして手には紙袋を二つ下げて、
お使いを果たすためにセンタの家がある方角へ向かって歩き出すのだった。

 

 

 

黒兎様よりのリクエスト【マシロの話】でした。

 

NEXT   

 

 

 

 

 

 

 早々とセンタの家までやってきたマシロ。
いつもの流れでチャイムを押すと、いつも通りにピンポーンという音が響き――


「へーい」


 ――いつもと違ってなぜかセンタが出てきた。


「…………」


 いつもであれば、センタの母親であるアヤコが出迎えてくれるはずなのだが、
なぜか今日に限って、いつもであればバトルの修行だとか言って不在のセンタがマシロを迎えた。

 正直、マシロとしては元トップコーディネーターであるアヤコに、
星のコンディションを見てもらおうかと思っていただけに、
センタの登場ははっきり言って余計な「イベント」だった。


『お!マシロと星じゃん!久しぶりだな〜!』

『はいっ、お久しぶりです!レッキくん!』


 主人たちよりも先に挨拶を交わしたのは、星とセンタのライチュウであるレッキ。
頬に電気袋を持つポケモン同士、頬の電気袋を接触させて電気を散らし、
電気ポケモン特有の挨拶を交わす星とレッキ。

 それに対して、ポケモンたちの様子を見守っていた主人同士は、しばらくのあいだ黙っていたが、
唐突にセンタが思い出したように「あ!」と声を上げると、猛スピードで家の中へと引っ込んでいった。


「………なに…」

『さぁ?』

『…でも、あの音はなにか探しているんじゃないでしょうか?』


 上の方から聞こえてくる、がったがったごっとごっとという大きな物音。
おそらく、星の言うとおりにセンタが何か探し物をしている音なのだろう。

 しかし、センタがマシロの顔を見て何かを探しに行ったということは、
センタがマシロに借りているものがあった――ということ。
ところが、センタに何かを貸し覚えのないマシロは「なにかあったっけ?」と首をかしげていると、
ダダダダダ…!と音を立ててセンタが戻ってきた。


「ほらマシロ!これやるよ!」

「!?」


 ニカッと笑ってセンタがマシロに手渡したのは、
袋いっぱいに詰められたポケモン用のアクセサリーだった。


「……なに、どうしたの、これ」

「いや、実はさー、ヨスガに行ったらかーさんの知り合いらしい叔父さんに会ってさ。
『キミは是非コンテストに出場した方がいい!』って言われて、渡されちゃったんだよ」

「…未だに、現実が見えてない人がいるんだ」

「なんだよなー。オレ、コンテストは見る専門だってのにさー」


 親がトップコーディネーターだった――だからその子供もその才能がある。
そう、思ってしまうのは、「遺伝」という仕組みがある以上、仕方のないこと。
だが、必ずしも「良い」ものが遺伝するわけではないし、
仮に遺伝したからといって、必ずしも当人がそれを好むというものでもない。

 そしてその典型が、元トップコーディネーターの母親を持ちながら、
ポケモンリーグチャンピオンを目指している――センタだった。


「…というか、いらないならその人に返した方がいいんじゃないの?」

「オレだって散々いらないって言ったんだって!でもその叔父さん全っ然諦めてくれなくてさ!
 …んで、もうなんか面倒くさくなったから折れたフリした」

「…今度その人に会ったらどうするのさ……」

「ん?そりゃ正直にお前に全部やったって伝えるに決まってるだろ?」

「なっ!ちょ、ボクを面倒ごとに巻き込まないでよ!?」

「大丈夫、大丈夫っ!お前の実力ならあの叔父さんも納得してくれるって!」

「んなっ……!」


 まったく悪びれた様子もなくマシロの主張を笑い飛ばすセンタ。
ある意味で取り付く島もない――というか、噛み付く余地がないセンタの言葉に、
返す言葉を失ったマシロは不覚にも間抜けな声を漏らしてしまう。

 しかし、それをまったく気にした様子のないセンタは、
また唐突に「ん?」と改まった様子でマシロに視線を向けると、徐に「なぁ」とマシロに切り出した。


「そういえば、お前なにしにきたんだよ?」


 本気で不思議そうな表情を浮かべ、マシロになにをしに来たのか尋ねてくるセンタ。
マイペースというべきか、自己中心的というべきか――空気が読めないというべきか、
なんともいえないセンタの調子に、内心呆れ果てつつも、
マシロは手に持っていた紙袋の一つをセンタに手渡した。


「ん?――お!イロハさんのマドレーヌじゃん!」

『え!ホント!?』


 イロハの作ったお菓子を気に入ってくれているのか、
センタの背に飛びついて紙袋の中身を確認するレッキ。
そして、お目当てであったお菓子を確認すると、
無邪気に「やったー!」とバンザイをして――当然のようにセンタの背から転がり落ちた。


『あてててて…』

『だっ、大丈夫レッキくん?!』

『あーうん、大丈夫大丈夫』

「気をつけろよレッキ。大会も近いんだからなっ」

「…大会?」

「おうっ、仲間内のちょっとしたモンなんだけどな!お、なんだったらマシロも参加するか?」

「……考えとく」


 センタの誘いにマシロは明確な答えは返さなかったが、
それをさして気にした様子もなくセンタは「そっか」と答えると、
紙袋を持ち上げて「これ、ありがとな!」と笑顔でマシロに礼を言った。

 そんなセンタの調子に毒気――というか、調子を崩されて返す言葉をまた失ったマシロだったが、
何かを諦めた様子でため息を一つつくと「どういたしまして」――と、返すつもりだったのだが――


「スイーツですってぇ―――!!」

「「うわぁああ――!!?」」

『ぴゃー!?』


 狂気に染まった笑顔を浮かべたユキノオーのブリアの登場によって、
そんな言葉を言っている場合ではなくなるマシロなのだった。

 

 

 

黒兎様よりのリクエスト【マシロとセンタの話】でした。

 

NEXT   

 

 

 

 

 

 

「た、大変な目にあった……」

『はぃ〜〜…』


 ぐったりとした様子でのろのろと道を歩くのはマシロ。
その肩にぶら下がっている星も、ぶら下がっているだけでやっとといた様子。
…それというのも、すべてはセンタのユキノオー――通称・スイーツ大魔王のブリアのせいだった。

 お菓子――スイーツの匂いをかぎつけたのか、突如として姿を現したブリア。
挙句、スイーツの登場で我を忘れてしまっており、マシロたちに襲い掛かってくる始末。

 一度は言葉で宥めようとしたのだが、
主人であるセンタの声にさえまともな反応を返さなかったため――
最終的には、星とレッキのアイアンテールによって力尽くでブリアを鎮めるに至っていた。


「…今度からは、事前に連絡した方がいいかもね……」

『そ、そうですね…毎回こんな感じでは、大変ですから…』


 そんなことを星と話しながら歩みを進めると、見慣れた一軒の家が目に入る。
一瞬、先ほどのブリアの一件が脳裏によぎるが、
あんなイレギュラーはセンタのブリアに限ったことだ――と、自分に言い聞かせ、
マシロは家の前にある門につけられたチャイムを押した。


「どちら様?」

「マシロです。マドレーヌのおすそ分けに来ました」

「あら、ちょっと待ってちょうだい」


 ドアホンのから聞こえたのはキラの母親であるヒイナの声。
センタに会ったせいもあってか、
漠然とキラにも会えるものと思っていたマシロだったが、その予想は外れてしまったらしい。

 だが、冷静に考えればキラもセンタと同様に、
この家に居ることが少ないのだから、会えない方が普通といえば普通のことだった。


「(それどころか、シンオウ地方にすらいないこともしょっちゅうだし…)」

「……なに考えてるの、マシロ?」

「………――っ!?キ、キラ!?」

「? どうかした?」


 いないのだろうな――と思った矢先、平然とマシロの前に現れたのはキラ。

 二転三転する状況に、頭の中の情報整理が間に合わず、
マシロがぱくぱくと金魚のように口を開閉していると――
不意にフワリと爽やかな香りがマシロの鼻を撫でた。


「……ありがとう、翠葉」

『どーいたしまして』


 思うところがあり、マシロがキラの足元に視線を下ろせば、
そこにはいたのはキラのリーフィア――翠葉。
おそらくマシロの鼻を撫でた爽やかな香りは――翠葉のアロマテラピーによるものだったのだろう。

 少し、翠葉に対して釈然としないものはあるものの、
彼女のおかげで頭の中が落ち着いたマシロは、
小さく深呼吸してから「はい」と言ってキラに紙袋を手渡した。


「わぁ…これ、イロハさんのマドレーヌ?」

「うん。作りすぎたんだって」

「……美味しそう…」

「…キラ、わかってると思うけどこれ、ポケモン用だからね」

「う、うん。わかってる…よ?…でも、お、美味しそうだったから…」

「…じゃあ、朱羽辺りに作ってもらえば?朱羽なら、マドレーヌくらい余裕でしょ?」


 少し呆れた表情を浮かべて、
キラのボーマンダ――朱羽にマドレーヌを作ってもらうことを提案するマシロ。

 朱羽が主に作るのポケモンのための料理だが、
マドレーヌ程度であれば人間が食べる分量、レシピでもどうにかできるはず――
そう思って提案したマシロだったが、キラはなにから違う形でマシロの言葉を受け取ったらしかった。


「待ってて…!」


 そう言って、先ほどのセンタのように家の中へと戻っていたキラ。
必然的に、その場に残されている翠葉に「なんなの?」と視線で問うが、
ある意味で当然だったが、翠葉は「さぁ?」と言いたげに首を傾げるだけだった。

 キラとなにかの貸し借りをした覚えはないし――と考えが至って思い浮かぶのは…


「(それは自分で思っちゃダメだし)」


 ――何かもらえるんじゃ、と考えが至りかけたところでマシロは頭を軽く振る。
こんなことで何かを貰えると思うなんて図々しい――とマシロは自分で自分をたしなめていると、
先ほどマシロが手渡した紙袋よりも、一回りほど大きな紙袋を持ってキラが戻ってきた。

 思ってもみなかった――わけではないが、思った以上の大きさの袋に、
マシロが驚いた表情でキラの顔を見れば、キラは小さく微笑んだ。


「これ、朱羽が作ったケーキなんだ。一応、大地たちの好みのケーキを一応選んだんだけど…」

「…もらって…いいの?」

「うん、私たちだけじゃ食べきれないから…」

「……朱羽、どれだけ気合入れて作ったのさ…」

「ち、違うのっ…りょ、緑翼たちの好みがちょっと細かくて…」


 一瞬は、イロハどうように朱羽も気合を入れすぎて作りすぎてしまったのかと思ったが、
キラの言葉を聞いてマシロは「ああ」と納得した。

 キラのドラゴン軍団の中で絶対的底辺にいる朱羽。
その彼が作ったケーキともなれば、上位にいる緑翼たちの注文は一切の遠慮のない事細かなもの。
しかし、面倒だからと適当に作っては明日の朝日を拝むことは叶わなくなってしまう。
故に、朱羽は面倒だろうがなんであろうが――緑翼たちの注文に忠実に従わなければならないわけだった。

 そして、その注文にしたがってケーキを複数作ったはいいものの、
自分たちだけでは食べれないだけの量ができてしまったのだろう。

 ――そこで、マシロはふと思う。


「……センタのところに届けるの?」

「うん、そのつもりでいたけど……、…もしかしてセンタ、いなかった…?」

「…ううん、いたよ」


 想像通りのキラの返答。
キラの口ぶりからいって、たまたま自分がやってきたからおすそ分けしてくれた
――と、いうわけではないことには察しはついてた。
だからこそ、マシロはキラのためにも確認しないわけにはいかなかった。

 ――この後に起こるであろう惨劇の第二幕にキラを巻き込まないためにも。


「…キラ、ケーキは朱羽本人に届けてもらった方がいいよ」

「……どうして?」

「ケーキの感想、直接貰った方がいいでしょ」


 マシロの説明に、「ああ〜」と納得の声を漏らすキラを前に、
若干の罪悪感を感じながらも、マシロは心を鬼にして朱羽を犠牲にすることを決めるのだった。

 

 

 

黒兎様よりのリクエスト【マシロとキラの話】でした。

 

 

 

13/06/08 〜 13/08/09