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      「た、大変な目にあった……」 
       
      『はぃ〜〜…』 
       
       
       ぐったりとした様子でのろのろと道を歩くのはマシロ。 
      その肩にぶら下がっている星も、ぶら下がっているだけでやっとといた様子。 
      …それというのも、すべてはセンタのユキノオー――通称・スイーツ大魔王のブリアのせいだった。 
       
       お菓子――スイーツの匂いをかぎつけたのか、突如として姿を現したブリア。 
      挙句、スイーツの登場で我を忘れてしまっており、マシロたちに襲い掛かってくる始末。 
       
       一度は言葉で宥めようとしたのだが、 
      主人であるセンタの声にさえまともな反応を返さなかったため―― 
      最終的には、星とレッキのアイアンテールによって力尽くでブリアを鎮めるに至っていた。 
       
       
      「…今度からは、事前に連絡した方がいいかもね……」 
       
      『そ、そうですね…毎回こんな感じでは、大変ですから…』 
       
       
       そんなことを星と話しながら歩みを進めると、見慣れた一軒の家が目に入る。 
      一瞬、先ほどのブリアの一件が脳裏によぎるが、 
      あんなイレギュラーはセンタのブリアに限ったことだ――と、自分に言い聞かせ、 
      マシロは家の前にある門につけられたチャイムを押した。 
       
       
      「どちら様?」 
       
      「マシロです。マドレーヌのおすそ分けに来ました」 
       
      「あら、ちょっと待ってちょうだい」 
       
       
       ドアホンのから聞こえたのはキラの母親であるヒイナの声。 
      センタに会ったせいもあってか、 
      漠然とキラにも会えるものと思っていたマシロだったが、その予想は外れてしまったらしい。 
       
       だが、冷静に考えればキラもセンタと同様に、 
      この家に居ることが少ないのだから、会えない方が普通といえば普通のことだった。 
       
       
      「(それどころか、シンオウ地方にすらいないこともしょっちゅうだし…)」 
       
      「……なに考えてるの、マシロ?」 
       
      「………――っ!?キ、キラ!?」 
       
      「? どうかした?」 
       
       
       いないのだろうな――と思った矢先、平然とマシロの前に現れたのはキラ。 
       
       二転三転する状況に、頭の中の情報整理が間に合わず、 
      マシロがぱくぱくと金魚のように口を開閉していると―― 
      不意にフワリと爽やかな香りがマシロの鼻を撫でた。 
       
       
      「……ありがとう、翠葉」 
       
      『どーいたしまして』 
       
       
       思うところがあり、マシロがキラの足元に視線を下ろせば、 
      そこにはいたのはキラのリーフィア――翠葉。 
      おそらくマシロの鼻を撫でた爽やかな香りは――翠葉のアロマテラピーによるものだったのだろう。 
       
       少し、翠葉に対して釈然としないものはあるものの、 
      彼女のおかげで頭の中が落ち着いたマシロは、 
      小さく深呼吸してから「はい」と言ってキラに紙袋を手渡した。 
       
       
      「わぁ…これ、イロハさんのマドレーヌ?」 
       
      「うん。作りすぎたんだって」 
       
      「……美味しそう…」 
       
      「…キラ、わかってると思うけどこれ、ポケモン用だからね」 
       
      「う、うん。わかってる…よ?…でも、お、美味しそうだったから…」 
       
      「…じゃあ、朱羽辺りに作ってもらえば?朱羽なら、マドレーヌくらい余裕でしょ?」 
       
       
       少し呆れた表情を浮かべて、 
      キラのボーマンダ――朱羽にマドレーヌを作ってもらうことを提案するマシロ。 
       
       朱羽が主に作るのポケモンのための料理だが、 
      マドレーヌ程度であれば人間が食べる分量、レシピでもどうにかできるはず―― 
      そう思って提案したマシロだったが、キラはなにから違う形でマシロの言葉を受け取ったらしかった。 
       
       
      「待ってて…!」 
       
       
       そう言って、先ほどのセンタのように家の中へと戻っていたキラ。 
      必然的に、その場に残されている翠葉に「なんなの?」と視線で問うが、 
      ある意味で当然だったが、翠葉は「さぁ?」と言いたげに首を傾げるだけだった。 
       
       キラとなにかの貸し借りをした覚えはないし――と考えが至って思い浮かぶのは… 
       
       
      「(それは自分で思っちゃダメだし)」 
       
       
       ――何かもらえるんじゃ、と考えが至りかけたところでマシロは頭を軽く振る。 
      こんなことで何かを貰えると思うなんて図々しい――とマシロは自分で自分をたしなめていると、 
      先ほどマシロが手渡した紙袋よりも、一回りほど大きな紙袋を持ってキラが戻ってきた。 
       
       思ってもみなかった――わけではないが、思った以上の大きさの袋に、 
      マシロが驚いた表情でキラの顔を見れば、キラは小さく微笑んだ。 
       
       
      「これ、朱羽が作ったケーキなんだ。一応、大地たちの好みのケーキを一応選んだんだけど…」 
       
      「…もらって…いいの?」 
       
      「うん、私たちだけじゃ食べきれないから…」 
       
      「……朱羽、どれだけ気合入れて作ったのさ…」 
       
      「ち、違うのっ…りょ、緑翼たちの好みがちょっと細かくて…」 
       
       
       一瞬は、イロハどうように朱羽も気合を入れすぎて作りすぎてしまったのかと思ったが、 
      キラの言葉を聞いてマシロは「ああ」と納得した。 
       
       キラのドラゴン軍団の中で絶対的底辺にいる朱羽。 
      その彼が作ったケーキともなれば、上位にいる緑翼たちの注文は一切の遠慮のない事細かなもの。 
      しかし、面倒だからと適当に作っては明日の朝日を拝むことは叶わなくなってしまう。 
      故に、朱羽は面倒だろうがなんであろうが――緑翼たちの注文に忠実に従わなければならないわけだった。 
       
       そして、その注文にしたがってケーキを複数作ったはいいものの、 
      自分たちだけでは食べれないだけの量ができてしまったのだろう。 
       
       ――そこで、マシロはふと思う。 
       
       
      「……センタのところに届けるの?」 
       
      「うん、そのつもりでいたけど……、…もしかしてセンタ、いなかった…?」 
       
      「…ううん、いたよ」 
       
       
       想像通りのキラの返答。 
      キラの口ぶりからいって、たまたま自分がやってきたからおすそ分けしてくれた 
      ――と、いうわけではないことには察しはついてた。 
      だからこそ、マシロはキラのためにも確認しないわけにはいかなかった。 
       
       ――この後に起こるであろう惨劇の第二幕にキラを巻き込まないためにも。 
       
       
      「…キラ、ケーキは朱羽本人に届けてもらった方がいいよ」 
       
      「……どうして?」 
       
      「ケーキの感想、直接貰った方がいいでしょ」 
       
       
       マシロの説明に、「ああ〜」と納得の声を漏らすキラを前に、 
      若干の罪悪感を感じながらも、マシロは心を鬼にして朱羽を犠牲にすることを決めるのだった。 
        
        
        
      黒兎様よりのリクエスト【マシロとキラの話】でした。 
        
        
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