ジムリーダーがいなくなったビロウドジム。
しかし、ジムリーダーがいなくなったところで、ビロウドジムは少しも変化が起きることはなかった。
――というのも、普段からジムにリーダーであるタマキがいないなんてことは毎度のこと。
いざというときは困るかもしれないが、これまで通りの「日常」が続けば、
タマキがいないからといって、困ることは何一つとしてなかった。

 

「…にしても驚きましたね。クニーガ様がタマキの旅を認めるとは……」
『だよなー。あのクニーガ様だもんなー』
『ドスペーヒ、言葉が過ぎますよ』

 

 ビロウドジムの最深部――
ジムリーダー専用のバトルフィールドに集まっているのは、
タマキのポケモンであるパルシェンたちだった。
 今回のタマキの旅への出発はかなり急なものだったが、それに対して彼らはなんの驚きもない。
それというのも、タマキに対して異常な執着を持っているフリーザーのクニーガが、
当分のあいだ会えないことになることを承知でタマキの旅を許したことの方が驚きで、
タマキの急な出発にまで驚く余裕が彼らにはなかったのだ。
 すでにシンオウ地方へと旅立ったタマキ。
シンと静まり返った氷のフィールドを前に、
やっとパルシェンたちは自分たちの主人が不在であることを認識したのだった。

 

『しかし、クニーガ様もなにかお考えがあっての決断…。
クニーガ様のご決断であれば、私たちはクニーガ様とタマキ様の名に泥が付かぬよう
しっかりと務めを果たさなければなりません』
「…とはいえ、そうそうチャレンジャーがこの部屋にやってくることはないと思いますが…」

 

 そうポツリと言葉を漏らし、開きそうにもない氷の扉に視線を向けるのは擬人化の姿をとったパルシェン――シチート。
彼に倣う形で、デリバードのプリェーチとジュゴンのドスペーヒも扉に視線を向けるが――
シチートの言うとおり、誰がどう見ても扉は開きそうにもなかった。
 だがまぁ、これも今にはじまったことではない。
人の出入りが少ない土地――田舎。
ビロウドタウンがそれであることも、ビロウドジムにチャレンジャーが現れない理由のひとつではある。
だが、それ以上にチャレンジャーが訪れない理由は、
ビロウドジムがAランク最強のジムと呼ばれているからだった。
 タマキの前任ジムリーダーであったヒイナ。
彼女はビロウドジムでジムリーダーを数年勤めた後、マーキャリーグの四天王となった。
そしてその後、出産をきっかけに再度ジロウドジムのジムリーダーになったのだが、
四天王を勤めていた人間相手に勝てると思う人間などなく、
ビロウドジムへのチャレンジャーは完全に途絶えてしまった。
 だがその後、ヒイナの後任としてタマキがジムリーダーに就任した時は、
新米ジムリーダーという弱目を狙ったチャレンジャーたちが集中したのだが――
新米にもかかわらず、多くのチャレンジャーを退けたタマキの実力は
あっという間にマーキャのトレーナーたちに知れ渡り――
またしても、ビロウドジムへのチャレンジャーはまたしても途絶えたのだった。
 そんなわけで、タマキがジムリーダーとなる前からチャレンジャーの少ないビロウドジム。
長年流行っていない事もあり、2ヶ月も3ヶ月もチャレンジャーが現れないこともざらな話なのだ。
 チャレンジャーが現れたら――と不安に思っている者はいない。
もし、仮にチャレンジャーが現れたとしても、
ビロウドジムのジムトレーナーたちもAランクジムの名に恥じない実力を備えたトレーナーたちばかり。
そうそう簡単にチャレンジャーがこの部屋に訪れることはないはずなのだ。

 

『なぁなぁ、オレ、氷樹の森に遊びに行ってきてもいーか??』
「……遊びに、ではなく修行、なら快く許可できるところなんですが…」
『ドスペーヒ、貴方はどうしてそう――』
「お前たちィイイイイ!!!!」

 

 冷気を孕んだ突風が、氷の扉を乱暴にこじ開け、シチートたちを木の葉のように吹き飛ばす。
そして、突風と一緒に女性の怒声も飛び込んできた。
 擬人化の姿のままでは危険だと判断したシチートは、咄嗟に本来の姿であるパルシェンの姿に戻る。
ガンッと音を立てて壁に叩きつけられるシチート。
殻の棘が氷の壁に突き刺さり、無残に落ちることはなかったが、
冷気を孕んでいる風はシチートの体をどんどんと凍りつかせていった。
 この状況がなんなのかはシチートもよく分からなかったが、
とにかくこの状況はまずいと判断し、渾身の力で突風の元凶に向かってスピードスターを放った。
 が、またしても強い突風が吹き、シチートのスピードスターは呆気なく弾き飛ばされる。
しかし、それによって吹き続けていた冷気を孕んだ突風――吹雪は止み、
やっとのことでシチートたちはことの元凶の姿を見ることができた。

 

クニーガ様?!

 

 扉の前にドンッと仁王立ちしていたのは、
青い長髪が美しい女性――の姿をとったクニーガ。
 まさかクニーガがジムを強襲してくるとは思っていなかったシチートとプリェーチは素っ頓狂な声を上げる――
が、何気に大して驚いていないらしいドスペーヒは「どーしたんですかー?」と暢気にクニーガに尋ねていた。

 

「タマキがいない今、ビロウドジムはタマキのポケモンであるお前たちが守らねばなりません。
――ですが、お前たちだけでは心配なので、こうして私がやってきたのです」
『ク、クニーガ様っ、お心遣いはとても嬉しいですが、
永久氷樹の森の守護はどうなされたのですか?!』
「心配ありません。私の留守はラクスに任せてあります」
『し、心配なくないのではないですか!?
ラクス様が永久氷樹の森を守っては、ビャクヤの森は誰が守るのですか?!』
「それも心配ありません。
――そもそも、ビャクヤの森には脅威となるものがないのですから」
『ビャクヤの森、人間は寒すぎるもんなー』

 

 マーキャ地方最寒の地――ビャクヤの森。
ビロウドタウンの比ではないその寒さは人間が立ち入ることすらできないほど。
故に、クニーガの言うとおり、ビャクヤの森を侵す脅威はないといえばなかった。
 …しかし、それはビロウドジムにも言えることだった。

 

『クニーガ様!永久氷樹の森へお戻りください!ビロウドジムは滅多に挑戦者が訪れません!
しかし、永久氷樹の森は未だ悪質なハンターたちに狙われています!』
「ぬっ……。それは…そうですが……」
『それに、ラクス様はギンシュシティの守護柱のお1人!
貴女様の勝手で持ち場を離れていい方ではありませんよ!!』

 

 挑戦者――脅威が訪れないビロウドジムに、
クニーガの存在は不要だとプチェーリはクニーガを正論を返し、
更に追い討ちをかけるようにラクス――スイクンの存在を持ち出して説得を試みる。
 が、逆にクニーガに反論の余地を与えてしまったようで、
きりっとした冷静な表情でプチェーチに言葉を返した。

 

「そんなことはありません。ラクスは快く引き受けてくれました」
『それはラクス様に守護柱としての自覚が足りないからです…!!』
『(……ああ、もうタマキに帰ってきてほしい…)』

 

 どうあっても、氷樹の森に帰りそうにないクニーガの姿を前に、
旅立ったばかりの主人の存在が恋しくなるシチートだった。