「研究所のポケモンが密売ルートに…」
「今、協会が内通者――もしくは裏切り者がいないか秘密裏に調査しているわ」
夕食を終え、子供――海澪が眠りについた頃、
タマキはヒイナからキラがジョウトへ渡っている理由――
ひいては、その原因であるポケモンの密売についての説明を聞いていた。
ポケモン密売――それはタマキにとって聞きなれない言葉ではない。
ポケモン密売が横行しているマーキャ地方の出身ということもあるが、
それを取り締まるジムリーダーという立場にあることもひとつの理由だ。
どこの地方の、どの街で、ポケモンたちが盗まれたのかはまだ明らかになっていない。
だが、研究所にまで密売者の魔の手が伸びているとなると――
いよいよ大きな組織との戦いも現実のものになりそうだった。
「追々、シュカからなり、協会からなり連絡が来ると思うわ」
「…わかりました」
『――タマキ、ついでに聞いちゃうんだけど、氷樹の森の様子は？』
「…ここ最近は大きな問題は起きていない」
『そっか、それはよかったよ。んじゃついでに、ネージュ様のご様子は？』
『……クリス、ついでに聞くようなことではないでしょう』
『いや、だって、あのネージュ様だよ？健康無事に決まってるし？』
ついで、という形で永久氷樹の森を守護するフリーザー――ネージュの様子をタマキに尋ねたクリス。
それをたしなめる形でフリアがクリスに苦言を向けるが、
クリスはさしてフリアの言葉を真剣には受け取っていないようで、
軽く「あはは」と笑いながらタマキに視線を向けた。
そんなクリスの視線を受けたタマキは、「問題ない」と冷静にクリスの問い答えた。
「…タマキ、なにがあったのかしら？」
『……へ？』
『マスター…？』
不意に、タマキに問いを投げたのはヒイナ。
明らかに先ほどのタマキの答えに納得がいっていないといった様子で、
タマキに向かう視線には若干の威圧感があった。
ヒイナの投げた問いの意図が分からないらしいクリスとフリアは、戸惑った表情でヒイナとタマキの顔を見ている。
しかし、問われた当人であるタマキは、ヒイナの質問の意図を理解しているようで、
心の中で「ダメか…」とため息をつくと、腹を括ってヒイナの問いにきちんと答えた。
「ネージュ様のトレーナーとして、認められました」
『ほあ！？』
ネージュ――伝説のポケモン・フリーザーのトレーナーとして認められた――
その事実を聞いて、一番に大きなリアクションを見せたのは大声を上げたクリス。
それに次いで、驚きの表情を見せているフリア。
そして、タマキに問いを投げたヒイナといえば――それほど驚いている様子は見られなかった。
この事実に驚かないヒイナ――それは、タマキも想像してなかったわけではない。
頭の切れるヒイナだ。タマキの嘘を見抜いた時点で、この程度のことは想像していたはずなのだから。
では、なぜ態々タマキがこの事実を隠そうとしたのかといえば――
ただ、ヒイナの怒りを買うことが怖かったのだ。
ビロウドジムのジムリーダーは、永久氷樹の森の守護役を任されると同時に、
永久氷樹の森の守護者たるフリーザーのトレーナーになる権利を得ることができる。
しかし、だからといって必ずしもフリーザーのトレーナーになれるわけではなく、
あくまで権利を得ただけという話で、フリーザー本人に認められなくては、
フリーザーのトレーナーになることはできないのだった。
「…そう、あのネージュの……」
ズン――と重くなった空気。
だが、それはある意味で当然のことだった。
タマキはフリーザーのトレーナーとして認めたれたが、
ヒイナは一度もフリーザーのトレーナーとして認められたことがなかった。
そう、タマキがフリーザーのトレーナーとして認められたという事実をヒイナに報せることは、
ヒイナのプライドをいたく傷つけてしまうことに直結する。
それ故に、タマキはヒイナにこの事実を報せずにおこうと思っていたのだった。
ヒイナのプライドを傷つけて、怒らせて――
それによってヒイナが烈火のごとく暴れだすようなことはない。
だが、ヒイナの怒りを買うことによって、彼女に会う度にこの世のものとは思えない酷い悪寒に襲われる。
それを一度経験しているタマキとしては、なにが何でもそれを防ぎたいところだったのだ。
『（ああもう、どーすんのこの空気…！）』
「（……………）」
『（あーもうっ、お前はシチートかっ！！）』
怒り心頭のヒイナを前に、
パルシェンの如く口を閉ざして耐え忍ぶ体勢に入ったタマキ。
それを見たクリスはバシバシとタマキの腕を叩きながら突っ込む。
だが、不意に「それで――」と口を開いたヒイナに、クリスはガチンと体を硬直させた。
「ネージュは元気なの？」
「…はい……元気…です…。ヒイナ姉さんによろしく伝えるように言われてきました…」
「そう、元気そうで何よりだわ」
「……？…ヒイナ姉さん……怒って………ない…？」
「…どうして怒る必要があるのかしら？大切な友人にパートナーができたというのに」
『えぇえっ！？ヒイナ、ネージュ様と仲悪いんじゃなかったのぉ！？！？』
誰も予想していなかった事実に、クリスが素っ頓狂な声を上げる。
だが、ヒイナも驚かれると分かっていたようで、冷静にクリスの疑問に答えを返した。
「仲が悪いわけじゃないわ。ただ、口論が多いだけ」
『そ、それ、十分に仲が悪いんじゃ…』
「認め合っているからこその――本気のディスカッションよ」
しれっと返してくるヒイナに、クリスは苦笑いで「あ、そう…」と力なく納得の言葉を返す。
世の中には喧嘩友達――という言葉もある。
きっと、ヒイナとネージュの関係はそれなのだろうとクリスは無理やり納得すると、へたりとソファーにへたり込んだ。
そんなクリスの姿を眺めた後、タマキは不意に浮上してきた疑問を率直にヒイナにぶつけた。
「友人…だったのに、パートナーには認められなかったんですか？」
「ネージュとはいい友人ではあったけれど、パートナーとしてはかみ合わなかった――
だから、認められなかったし、私も受け入れなかった」
「……そう…だったんですか…」
「そうよ。あなたに情けをかけられるほど――私は小さい人間ではないわ」
「……す…すみません…」
ぐさりとタマキに刺さるヒイナの冷たい視線。
胃がキリキリと痛む上に、体中にこの世のものとは思えない悪寒がまとわりつく。
本気で申し訳ない気持ちになり、タマキが後悔しながら縮こまっていると、
不意にタマキを覆っていた悪寒が晴れた。
ハッとしてタマキが顔を上げれば、そこにはいつもどおりのヒイナがいた。
「おめでとう、タマキ。ネージュ様と仲良くね」
「…はい。ありがとうございます、ヒイナ姉さん」