フタバタウンのヒイナの家で一夜を過ごし、
タマキはマンムーのミェーチをヒイナの下に残して一路、テンガン山を目指していた。
 
 テンガン山はシンオウ地方で最も高い山であり、常に雪で覆われた雪山でもある。
本来の目的――ではないが、せっかくシンオウへと渡ったのだから、
見られるものは全て見たい――それがタマキの本心だった。
 それに元々、飛行能力を持つポケモンを持たないタマキの移動方法はほとんどが徒歩になる。
移動をショートカットする術がないのだから、それに伴う多少の寄り道は許容範囲――
と、勝手にタマキは自分の中で答えを出し、のんびりと――ではないが、
自分が興味を持った場所全てに寄り道をしながら、まずテンガン山を目指していた。
 ――そして、タマキがやっとのことでテンガン山のふもとにやって来たのは――
シンオウに到着してから7日目のことだった。

 

『タマキー、さすがにこれは寄り道のしすぎだと思うぞー』
「反省はしているが、後悔はしていない」

 

 反省している――とタマキは言うが、マルクスから見てタマキは少しも反省しているようには見えない。
寧ろ、開き直っているぐらいにも見えるのだが、問いただしたところで、
反省していると言い張るのだろうから問いただすだけ無駄だと諦めると「なんだかな〜」と不満の声を漏らしながらも、
真っ白な雪に覆われたテンガン山の山道を行くタマキの後に続いた。
 
 マーキャ地方にも、雪山はある。
だが、このテンガン山のように岩肌の雪山ではなく、木々に覆われた雪山で、
このテンガン山のように大きなひとつ山ではなかった。
同じ雪山でも、マーキャの雪山とはだいぶ雰囲気の違うテンガン山。
その雰囲気にマルクスがワクワクとしていると、不意にマルクスの前にタマキの手が伸びた。
 「なんだ?」とマルクスはタマキの顔を見ようとしたのだが、
それよりも先に自分の視界に入ってきた野生のリーシャンの姿に、タマキが自分を止めた理由に合点がいった。
 ――が、リーシャンはこちらに襲い掛かってくる素振りを見せなければ、逃げる素振りも見せない。
よく分からない状況に、マルクスが「どしたの?」とリーシャンに声をかけると、
リーシャンは少し戸惑った様子でマルクスに「あの…」と答えを返した。

 

『今、テンガン山の主様がお帰りになられていて……槍の柱へは日を改めていただきたいのです』
『テンガン山の主様?』
『古の時代からシンオウ地方を治めている伝説のポケモン――ディアルガ様とパルキア様です』
『へぇ〜――んで、どーすんのタマキ?』

 

 リーシャンとの会話を終え、マルクスはタマキの決定を仰ぐ。
 しかし、一応人やポケモンの前ではポケモンの言葉は理解できないという体で過ごすつもりでいたタマキとしては、
返答に困るところなのだが――このテンガン山のポケモンたちのコミュニティが狭いことを願いながら、
タマキはマルクスに「諦める」と答えを返した。

 

『あ、あの…貴方はポケモンの言葉が分かるのですか…?』
「…ああ」
『もしかして……マーキャ地方出身の方ですか?』
「?知っているのか?」
『は、はい。ディアルガ様の主様がマーキャ地方のご出身なので…』
「………」
『…タマキー、まさかとは思うけど……』
「……っ〜…」

 

 マルクスが名前を挙げようとしている人物の名は、タマキにも想像がついていた。
 ディアルガ――伝説のドラゴンポケモン。
――だとしても、ドラゴンポケモンであることには変わりない。
伝説のドラゴンポケモンをゲットできる可能性がある、
マーキャ地方出身のシンオウ地方在住トレーナーは――タマキの知る限り、1人いた。

 

「キラ…か?」
『! キラ様をご存知なのですか…!?』
「アイツは……はぁ…」
『うーわー、キラすげー』

 

 タマキとマルクスの予想は寸分違わず当たり、
伝説のドラゴンポケモン――ディアルガのトレーナーは、ヒイナの娘であるキラだった。
 マーキャ地方にいた頃から異常にドラゴンポケモンに好かれる体質にあったキラ。
その体質はシンオウ地方に移っても健在らしい。
 しかし、行くところまで行って伝説のポケモンにまで好かれるとは――
キラの体質に驚きよりも、末恐ろしさを感じたタマキ。
しかし、不意に「ん?」と疑問の声を上げるマルクスに、タマキは思わず視線を下ろした。

 

『でも、タマキだってクニーガ様のトレーナーなんだし、人のこと言えなくない??』
「……立場と年齢を考えてから物を言え」

 

 確かに、タマキもクニーガ――伝説の鳥ポケモン・フリーザーのトレーナーではある。
だが、キラとは6歳近く歳は離れているし、トレーナーとしての経歴では10年近くの差がある。
さらに、タマキがジムリーダーであるのに対して、キラは未だ一般トレーナー。
それだけの差があるというのに、タマキと同じく伝説のポケモンを従えているのだから――本当に末恐ろしい話である。
 キラが超エリートサラブレッドとは分かっていたが――
と、タマキは自分の頭の中の情報を整理しようとしたが、
不意にリーシャンに「あ、あの!」と声をかけられ、思考を中断される。
一瞬、頭が空になったが、すぐに回転を始めたタマキの頭がはじき出した答えは、
「なんだ」とリーシャンに答えるというものだった。

 

『先ほどと言ってることが逆になってしまうのですが、
よろしければディアルガ様たちにお会いして行かれてはいかがでしょう?』
「……そんな簡単に会っていいものなのか?」
『普通の人間であればそうはまいりませんが、キラ様とお知り合いなのであれば問題ないかと思います。
もちろん、お会いする前にディアルガ様たちに確認してまいりますからご安心ください』

 

 唐突なリーシャンの誘い。
タマキのことを思っていってくれているのか、
それともディアルガたちにとってタマキの存在が余興になると考えたのかは分からない。
だが、タマキを陥れようとしているわけではないことは、リーシャンの雰囲気で分かった。
しかし、だからといって、すぐにリーシャンの誘いになる気にはなれなかった。
 あくまで、タマキがこのテンガン山に訪れたのは、
テンガン山の景色と、テンガン山から見える景色、そしてテンガン山山頂にある遺跡――槍の柱を見るため。
シンオウ地方に伝わる伝説のポケモン――ディアルガとパルキアに会うことができるなど――予想外も予想外だった。

 

『タマキー、会わせてもらったらー?
伝説のポケモンに合えるチャンスを蹴る人間ってのもどーなの?』
「…それはそうだが……」
『それに、ディアルガとパルキアに会ったら、いいインスピレーションがもらえると思うよー?』
「…………」

 

 いざというときだけ、的を得たことを言うマルクス。
今回のマルクスの言い分もしっかりと筋が通っており、尤もといえば尤もだ。

 

「…会う方向で、進めてもらえるだろうか?」
『はい!では、ディアルガ様たちに伺ってまいります!』

 

 ディアルガたちに会う方向で話を進めてもらうようリーシャンに頼んだタマキ。
その返事を受けたリーシャンは、嬉しそうな笑顔を見せてタマキの言葉に了解の意を返すと、
テレポートで一瞬にしてその場から消えてしまった。
 リーシャンがいなくなり――タマキは胸に溜め込んだため息を吐き出した。

 

『あれ?タマキ、ディアルガ様たちに会いたくなかった?』
「そうじゃない…。…ただ、運が良すぎて――先が怖いだけだ」
『なんだそれ』