「…なるほど、君はヒイナと親しいのか」

 

 笑みを浮かべながらそう言って納得したのはディアルガ。
円卓を中心として、その横にいるパルキアは「誰だっけ?」と言いたげな表情でディアルガの顔を見ている。
 そして、その2人の隣にいる形になっているのがタマキだった。

 

「帝透、ヒイナって誰?」
「キラの母親だよ」
「ほぉ〜……ん?でも、それだと『キラの知人』じゃねーだろ?」

 

 一気にタマキに集中する伝説ポケモンたちの視線。
擬人化の姿をとってはいるが、独特の威圧感というか、オーラは変わらない。
自分に集中する彼らの視線に、タマキも少しげっそりしながらも「面識はあります」と切り出した。
 
 キラがマーキャで暮らしていた時代、ヒイナはビロウドジムのジムリーダーを勤めていた。
そして、その時からすでにジムトレーナーとしてジムにいたタマキは、
時々ヒイナがジムにキラを連れてきたときに、一番歳が近いという理由でキラの面倒を見ているように言われることが多く、
自然とキラと過ごす時間は多くなっていた。
 が、キラもタマキも基本的に口数の少ない大人しい子供であったため、
お互いに居心地の悪い存在ではなかったが、親しい間柄か――と問われると微妙な関係だった。
 それを含めてタマキは、ディアルガの帝透とパルキアのセコンドに自分とキラの関係を説明したのだが、
帝透は改めてタマキを「キラの知人」と認め、幼少時代のキラについて聞かせてほしいとタマキに言ってきたのだが――
何度も言うようだが、キラはとても大人しく、更にタマキ自身も大人しかったため、
特別印象深いキラとのエピソードをタマキはもっていなかった。
 ――とはいえ、帝透に教えてほしいと言われているのだから、「何もありません」とは言えない。
何かあっただろうか――と、タマキはとにかく過去の記憶を掘り起こすことにした。

 

「…お前、本当にキラと一緒にいたの――もごっ!
「セコンド、巷で流行っているゴスのバウムクーヘンだよ」
「ごももももも!!!」

 

 セコンドの茶々を遮ったのはほんのり桃色のバウムクーヘン。
そして、そのバウムクーヘンをセコンドの口へ突っ込んだのは、当然のように帝透。
 キラとの思い出を懸命に思い出そうとしているタマキの邪魔になるセコンドの口を塞ぎたかったらしく、
ニコニコと笑顔で次々にセコンドの口にバウムクーヘンを突っ込んでいく。
 その帝透の攻撃(?)に生命の危険を感じたらしいセコンドは、
バウムクーヘンを突っ込まれながらも、「ゴメン!」と必死に帝透に謝り倒す。
すると、やっとのことで帝透はセコンドの口にバウムクーヘンを突っ込むのをやめた。

 

「(あああっ…!しっ、死ぬかと思ったぁ…!!)」

 

 口の中で大渋滞を起こしているバウムクーヘンを、
コーヒーでなんとか胃の中に流し込むことで、やっとセコンドの気管が正常に機能しはじめた。
 伝説のポケモンとはいえ、擬人化の姿をとった状態で息ができなくなれば、人間と同様に普通に死ぬ。
もちろん、帝透に自分を殺すつもりが絶対にないのは分かっているが、
こうも死にかけるような目に合わされると――
一瞬、本当にコイツは自分を殺すつもりなのではないのかと、セコンドは疑った。
 だが、彼に真意を尋ねたところで、笑顔で適当に誤魔化されるのが関の山――なので、
不満げな表情を帝透に向けるのがセコンドの精一杯の帝透に対する抗議の手段だった。

 

「…昔、ジムで雪遊びをしたことがありました」

 

 やっと、キラとの何らかのエピソードを思い出したらしいタマキ。
聞きたかった話をやっと聞けそうな予感に、帝透は「ふむ」とタマキの言葉を促す――
が、タマキは少し困ったような表情を見せた。
 だが、意を決したような表情を見せると、「その時――」と言葉を続けた。

 

「2人で別々にシェルダーを作ることになったんですが――
物…凄くっ…キラの、シェルダーが…前衛的…で……!」
「…あぁ、物凄いお前のツボにハマったのな」
「は…はい…っ…!」

 

 顔を下げ、必死に笑を堪えながらセコンドの言葉に答えるタマキ。
よっぽどキラの作ったシェルダーの雪像が、
タマキの笑いのツボにハマっているらしく、笑いを堪えるタマキの姿はだいぶ苦しげだ。
 しかし、タマキの話はそこで終わりではなかったようで、
腹の底から湧き上がってくる笑いをなんとか押さえ込むと、顔を上げて更に話を続けた。

 

「俺が笑ったことがよっぽど恥ずかしかったようで、
キラが珍しく怒り出して――シェルダーで殴られたことがありました」
「……以外に乱暴だな、キラも…」
「まぁ元々、言葉がすぐ出るタイプの子じゃないからね。
気持ちが高ぶって、思わず手が出てしまったんだろうね」

 

 タマキの話の中のキラは、
帝透とセコンドが知っているキラからは絶対に想像できないものだった。
 恥ずかしがって怒るなんて事はもちろん、ポケモンを大事にするキラが
ポケモンを使って人を殴るなんてことは、天地がひっくり返っても想像がつくものではない。
しかし、当時はキラも子供、自分の感情を上手くコントロールできないが故のことだったのだろう――
と、思うと、帝透とセコンドはなんとなくほんわかとした気持ちになった。

 

「…でも、キラは芸術の才能がないわけではないと思うのだが?」
「はい。キラは基礎を理解すれば、ある程度のことはなんでもこなせますが、
そのときは造形の基礎を知らなかったので……あんな、ものがっ…!」
「オイオイオイオイ、そんなに笑われると気になるだろが」
「すみっ…ません……フッ…!」
「うーん…すごく、気になるところだねぇ……」

 

 割と、何でもそつなくこなすタイプのキラ。
そのキラの失敗作――というものにも興味はあるが、
感情のセーブに長けていそうなタマキが堪えきれずに笑い出すほど――前衛的な作品。
 帝透たちの好奇心は思いっきりくすぐられるが、それは遠い昔に作られたもの。
帝透の力を使えば、見られないこともないが、そんな私事に力を使うのもどうなんだ――と考えると、
その好奇心を押さえ込むしかないかと帝透は思ったが――ここでタマキが意外な提案をしてきた。

 

「…で、でしたら――キラと一緒にビロウドジムを尋ねてきてください。
キラがいいと言えば、俺のパルシェンにそれを再現させます」
「…君のパルシェンは…キラの作ったその雪像を覚えているかい?」
「はい、何度か再現させたことがあるので」
「――ところで、なんでそれを見るのにキラの許可が要るんだよ?」
「…作ったのはキラですし――約束なので」

 

 タマキの前で初めて強い感情を見せたキラ。
怒ったり、困ったり、驚いたりで、ひとしきり慌てふためいたキラは、
最後にタマキにこんな約束を取り付けた――

 

「絶対に誰にも見せない――と」