キッサキ神殿の最深部――そこにいたのは一体の巨大なポケモン。
しかし、そのポケモンは眠り続けているだけだった。
近くにあった石碑に刻まれていた点字を解読すれば、
そこには巨大なポケモン――レジギガスを目覚めさせる方法が記されていた。
しかし、それはタマキが行っていいとは思えなかったし、
大きな労力をなげうってまで成し遂げたいと思うものではなかった。
しかし、氷の神殿で眠るレジギガスは、タマキの芸術家としての感性を強く刺激した。
彼の巨大で、悠然たる姿を、一心不乱にスケッチブックに描きとめたタマキ。
強烈に走ったインパクトは、スケッチブックには記しきれてはいないが、
それでもタマキの脳裏には強くそのインパクトが残っていたのでそれでよかった。
ディアルガとパルキアのときは、
緊張で彼らの美しさや雄大さになど目を向けている余裕はなかったが、
今回はタマキのペースでレジギガスの姿を見ることができたので、
「作品」としての構想はすでに大体完成していた。
「…………」
イメージが固まらなければ、
もう一度キッサキ神殿へ行こうと思っていたタマキだったが、
ほぼイメージは固まっていたため――
「ブリちゃん!葉っぱカッター!」
「アサさん!炎のパンチ!」
スズナのユキカブリ――ブリちゃんが放った葉っぱカッターを、
トバリジムのジムリーダー――スモモのチャーレム――アサさんが炎を纏わせた拳で打ち落とす。
ひとつぐらいは当たるかと思ったが、
相当このチャーレムは鍛え上げられているらしく、ひとつ残さず木の葉の刃を叩き落していた。
昼食をとった後――
タマキがキッサキジムに足を伸ばせば、すでにスズナとスモモのバトルは開始されていた。昨日のうちに、スズナからジムトレーナーたちにタマキが来るかもしれないと伝えられていたようで、
タマキはあっさりとスズナとスモモがバトルをしているバトルフィールドへと案内され、
タマキは黙って2人のバトルを観戦していた。
キッサキジムに来る前に仕入れておいた情報――
それはスズナとバトルしているスモモの情報だった。まだジムリーダーに就任したばかりの新米であり、トレーナー自体にも最近なったばかりのスモモ。
しかし、幼い頃から格闘家として鍛えられてきた戦闘センスと、ポケモントレーナーとしての才能によって、
経歴が浅いにもかかわらずジムリーダーとして認められたのだという。まだまだ荒削りではあるが――彼女のバトルからは大きな可能性が容易に見て取れた。
『楽しそうだねータマキー』
「…お前じゃ、勝てないだろ」
『まぁ、それはそれ、これはこれだよ』
「………」
師匠であるヤナギからも、タマキはよく言われていた。それはそれ、これはこれ、楽しむバトルと勝敗はまた別の話だ――と。
ヤナギが言わんとしていることはタマキも分かっている。
勝敗にこだわらず、ただポケモンバトルを純粋に楽しめ――そういうバトルもあるのだと。
しかし、タマキはそれを理解していても勝敗に――いや、負けること自体が嫌だった。
確かに、バトルを純粋に楽しむのであれば、勝敗はその結果に過ぎない。
だが、だからといって負けたという事実には変わりない。
どんな言い訳をしても――全力であれば勝てたはずの相手に負けたという事実は。
負けず嫌い――というよりは、単にプライドが高いだけ。
これでは自分の世界は閉ざされたままだ――と、タマキ自身もわかっているのだが、
頭で分かったからといって、必ずしも心が納得してくれるわけでもなく、
どうにもこうにも、タマキの「敗北」への抵抗感は一向に改善されることはなかった。
「イーブン、もしくは勝機のない相手なら、負けてもどうとも思わないんだが……」
『やっぱり、タマキのプライドが高いんだよー』
「…………」
スズナとスモモのバトルを観戦しながら
マルクスとそんな会話をしていると、不意にバトルが急展開した。
ユキカブリの攻撃をかわしたり、防いだりと防戦一方を強いられていたチャーレムが攻勢に出る。
防戦の最中、ヨガのポーズを使っていたのか、
たった一撃のはっけいによってユキカブリは大ダメージを受けていた。
即座に瀕死の危険を察したスズナは、ユキカブリに光合成を命じるが、
あられの降るこのフィールド環境では満足な回復量は得られない。
しかし、初めからそれを想定してユキカブリは根を張るを使っていたため、
回復量の不足はそれによって補われていた。しかし、次に重い一撃を一発でも喰らったらユキカブリのダウンはまず確定。
となると、これは相手の攻撃を受け流すなりをしながら
地道にでも攻撃を与えなくてはならない――持久戦になるだろう。
「…といっても、スズナがその戦法に耐えられるとは思わないが」
『だよねー』
「あははー」とマルクスが苦笑いを漏らすと、
タマキが危惧した通りにスズナは「ブリちゃん!気合いだよ!!」とユキカブリを鼓舞すると、
守りに比重をおいた戦い方ではなく、攻撃は最大の防御といった調子に攻撃態勢に入った。
ぐっと力を溜める形で体を小さくする――これは氷タイプにおける最強の技である絶対零度の構え。
格闘と氷タイプという相性の悪さからいって、ここで無難な草タイプの攻撃に出たところで勝機はない。
ならば、一か八かで氷タイプの大技――絶対零度にすべてをかけるのが最良だろう。…もちろん、攻勢に出る――と、いう考えの中ではの話だが。
「ブリちゃん!絶対零度!」
「アサさん!飛び膝蹴り!」
ユキカブリが放った絶対零度の冷気と、チャーレムのパワーの篭ったひざがぶつかる。パワーとパワーのぶつかり合いに、強い衝撃波が爆煙を伴って放たれる。
それによってタマキたちギャラリーの視界は完全に奪われ、
スズナとスモモのバトルの結果は分からない状況になってしまっていた。
――とはいえ、すでにタマキにはバトルの勝敗には見当が付いていたが。
バトルフィールドを覆っていた煙がゆっくりと晴れていく。
そして、バトルフィールドに立っていたのは――スモモのチャーレムだった。
「あちゃー、外れちゃったかー!」
少しも悔しそうな風もなくスズナはそう言うと、
気絶して目を回しているユキカブリの元へと近寄っていき、2〜3度ユキカブリの頭を撫で、
「お疲れ様」と声をかけてからモンスターボールへとユキカブリを戻した。
すると、スモモとチャーレムはスズナに向かって「ありがとうございました!」と言って頭を下げた。
それは彼女たちにとっては毎度のことのようで、
スズナは謙遜する様子もなく「どーいたしまして」と笑顔でスモモに応え、
労うかのようにチャーレムの頭を2〜3度撫でていた。
「タマちゃーん!私たちのバトルどうだったー?」
「…えっ…?!」
当然、観客席に座っているタマキにスズナの声がかかる。
どうやら途中からタマキが観戦していたことは知っていたらしい。
それに対してスモモの方はタマキが――観客が増えていたことにはまったく気付いていなかったようで、
スズナがタマキに声をかけるとビックリした表情でタマキに視線を向けていた。
スズナからの声を受け、タマキはマルクスに「行くぞ」と声をかけると、
スズナたちのいるバトルフィールドへと下りていく。
そして、2人の前に到着すると、挨拶もなしに率直な感想を返した。
「スズナは相変わらずな戦い方だった。
彼女の方は、もう少し堅実な戦いを方をした方がいいと感じた」
「うわー、相変わらず辛口〜」
反省する様子もなく、ただタマキの返答への感想を述べるスズナ。
そんなスズナの態度もタマキにとっては毎度のことで、呆れはあるもののイラついたりはしない。
だが、呆れていることは事実なので、それを表すかのように、タマキは遠慮もせずにため息を吐いていた。
タマキがスズナのあっけらかんとした様子に呆れている頃、
スモモは突然表れた見知らぬ存在に動揺しながらも、
彼の知人関係にあるらしいスズナに慌てて声をかけていた。
「…あ、あの、スズナさんっ、この方は一体…?」
「あ、ゴメンゴメン!
タマちゃんは私と同じ氷タイプのエキスパートジムリーダーで、新人時代からの友達なの!」
「(いつから友達認定されたんだ……)」
スモモの疑問を受けたスズナは、
タマキの肩に腕をかけてスモモにタマキのことを紹介した。若干、スズナの紹介内容に疑問はあったものの、
タマキにとってはわざわざ指摘するまでもないことだったので、
そのままタマキはスモモに対して自己紹介を続けた。
「マーキャ地方、ビロウドジムリーダーのタマキだ。…よろしく」
「は、はい!私はシンオウ地方、トバリジムのジムリーダーを勤めていますスモモといいますっ。
こちらこそよろしくお願いします!」
タマキが手を差し出すと、スモモはその手を掴んでやや早口で自己紹介を済ませると、
ビュンという擬音がつきそうな勢いで頭を下げた。
おそらく、相当真面目な性格――もしくは、格闘家らしい礼儀を重んじる性格なのだろう。
そんなスモモと、比較的ラフな性格のスズナの仲がいいことを意外に思いながらも、
タマキはスモモの言葉に「ああ」と答えを返した。
「ホントは、タマちゃんにスモモとバトルしてほしかったんだけど、
手持ちがバトルメンバーじゃないらしくてさー」
「そ、そうなんですか…。それは凄く残念です……」
本心から残念だと感じているらしいスモモ。
彼女の反応を見ても、タマキは少しも申し訳なく感じていなかったのだが、
なぜだかスズナが申し訳なく感じているらしく、タマキに「どうにかならない?」といった様子の視線を向けてくる。しかし、だからといってタマキはスモモとバトルするつもりは毛頭ない。
視線だけで「無理だ」とスズナに答えを返すタマキ――だったが、不意にコートの裾を何者かが引っ張った。
『オイラ1人でバトルするってのはどう?』
「マルクス1人…?」
突如、新たなバトル方式を提案してきたのはマルクス。
だが、それでは意味がないようにタマキは思った。
あくまでスモモは、自分のトレーナーとしての技術と経験不足を生めるために、トレーナーとのバトルを望んでいる。
しかし、マルクスの意見ではトレーナーの付いていないポケモン――
ほぼ野生のポケモンと戦うこととなんら変わりない。多少は野生のポケモンよりも苦戦するはずなので、
得るものがないということはないだろうが、そもそもの論点は大いにずれているだろう。
「ん?マルちゃん1人ってどういうこと?」
「…気にしなくていい」
『えー!』
「気にしなくていいようには見えないけど?」
「………」
気にするな――そう言ったタマキのコートの裾を引っ張って「えーえー」と抗議するマルクス。
スズナたちにマルクスの言葉は理解できないが、
マルクスがタマキに対して不満を訴えていることは、その様子を見れば一目瞭然だった。
一応程度に、スズナはタマキに確認するが、
タマキは渋面になりながらも「ああ」と、あくまでマルクスのことは気にしなくていいとスズナに答えを返す。だが、やっぱりマルクスはそれが不満らしく「えーえー」と抗議を続けたが――
不意にタマキの腰に装着されていたモンスターボールから
マグカルゴのシレームが姿を見せると、マルクスはガチンと固まった。
『マルクス、お前は少しタマキに対して遠慮がなさすぎじゃ。
さらに言うと、もう少し頭を使って言を話せ』
『あ、あい…』
ぐつぐつと煮えるような熱さを持つマグカルゴのシレーム。
それに対して、炎タイプが大の苦手であるユキカブリのマルクス。それはもう、問われるまでもなく上下関係は決まりきっており、シレームの指摘をマルクスは大人しく飲み込むしかない。
故に先ほどまでのマルクスから一変して、しゅんとマルクスは大人しくなってしまった。
しかし、それを可哀想に思っているのはスズナとスモモだけの話で、
すっかり通例となっているタマキとシレームたちにとってはまったくと言っていいほど、
気にかけるようなことではなく、シレームはタマキに「ではの」と一言声をかけると、
何事もなかったかのようにボールへと戻っていった。
「…タマちゃん、いいの?マルちゃん物凄くしおれちゃったけど」
「心配ない、毎度のことだ」
「毎度って……マルちゃんスネるよ?」
「シレームなりの教育的指導だ。反省はしても拗ねはしない」
タマキの答えに「ふぅ〜ん」と納得したような、していないような微妙な返答を返すと、
スズナはしょんぼりとしているマルクスに「元気だしなよー」と声をかけはじめた。
スズナの声にマルクスは「うん…」と小さな答えを返すが、
マルクスには元気になっているような様子は見られない。
となると、スズナの励ましは終わらずにそのまま続く。自分のユキカブリとマルクスを重ねているのか、単にマルクスに対して甘いのかは分からないが、
タマキはマルクスを慰めるスズナを止めることも、マルクスになにを言うこともしなかった。
「あ、あの、タマキさん」
「…なんだ?」
「タ、タマキさんは、マーキャ地方でジムリーダーをされてるんですよね?
…それであの……キラっていうトレーナーを知ってますか?」
「ああ、知っているが」
「! そうなんですか!も、もしかして、バトルしたことが…?!」
「いや、ない」
「あ、そうなんですか…」
「…ところで、どうしてキラのことを?」
「えと、一年半ぐらい前にジム戦をしまして……」
キラがジムに挑戦している――
その事実はタマキにとってまったく驚くようなことではなかった。彼女の家庭環境を考えれば、ポケモントレーナーとしての修行の一環として
ジムに挑戦するという選択肢は当たり前のこと。
それに、姉のカナメと違って、
キラはバトルに興味を示していたことを知っているタマキからすれば、当然のことであり――
「お前もスズナも負けたのか?」
「…はい……」
2人を突破することも、また容易に想像がつくことだった。