旅の最終目的地であったキッサキシティを後にしたタマキ。
旅に同行していたマルクスは、これでこのシンオウ地方でのたびも終わりなのだろう――と、思っていた。
が、そのマルクスの予想は悉く外れて――なぜかタマキ一行はズイタウンへと足を伸ばしていた。
なぜ、タマキがズイタウンに足を伸ばしたのか――
その原因は、キッサキシティへ向かう途中に立ち寄ったカンナギタウンで、
とある遺跡について耳にしたからだった。
ズイタウンのはずれにあるズイの遺跡。
そこには古き時代の人々が残した言葉と、
その言葉を表す文字の基となったポケモン――アンノーンが生息していた。
未だにアンノーンを見たことがなかったタマキ。
マーキャ地方へ戻れば、また当分の間はアンノーンの姿を見ることはかなわなくなってしまうのだから――
次はいつになるか分からないアンノーンと出会う機会を目の前にして、スルーするわけがなかった。
ズイの遺跡でアンノーンと、古の時代の人々が残したアンノーン文字を見た時は、
寄り道して正解だったとタマキは思った。
しかし、今のこの現状では――若干の後悔がタマキの心に芽生えていた。
「そんなに警戒することもないんじゃないかな?」
「…お前の兄妹のことを考えると嫌な予感しかしない」
「ははは、それについては――本当に申し訳なく思っているよ…」
笑顔を浮かべながらも、顔を青くしてタマキに謝罪の言葉を向けるのは、
ズイタウンでポケモン牧場兼育て屋を営む青年――ナツオ。彼とタマキは親しいと言えば親しいし、親しくないといえば親しくない微妙な間柄。
だがナツオ当人よりも、タマキは彼の兄妹と深い関わりがあった。
「……一応聞くんだけれど…アキは上手くやってるかい?」
「挑戦者を数々返り討ちにしていると聞いている」
「それじゃ……ハルカ兄さんはちゃんと出勤している?」
「…いつもどおりだ」
「………そう…か、…ありがとう」
困惑9割の笑みを浮かべてタマキに礼を言うナツオ。
そんなナツオの様子を見てタマキは、少し不満げな表情をナツオに向けた。
「…お前にそういう顔をされると、こちらが不満を言い難いんだが」
「そう…言わないでくれよ……まともに愚痴をこぼせるのはタマキぐらいなんだから…」
そこで、ナツオは深いため息をついて表情を笑顔から疲れ果てたものに変えた。
げっそりとした表情を顔に浮かべているナツオを前にタマキは疲れるようにというか、
諦めたようにというかな様子で小さなため息をつく。
だが、それ以上ナツオに対してどうこう言うことはなく、大人しくナツオの愚痴を聞く体勢に入っていた。
――が、ナツオの愚痴は突如として中断された。
「ぅぐ」
『ナツオー、誰なのコイツー』
「……ミュウ…?」
なんの前置きもなくナツオの頭にのしかかってきたのは、幻のポケモン――ミュウ。
まさかミュウが頭にのしかかってくるとは思っていなかったナツオは間抜けな声を上げ、
まさかこんなところでミュウを見られるとは思っていなかったタマキは大きく目を見開いていた。しかし、そんな人間たちの都合などお構いなしのミュウは、
尻尾でタマキを指してナツオに誰なのかと再度尋ねていた。
「カ、カガリ……。…彼は、アキの同僚の…タマキだよ……」
『ふぅーん、アキの同僚ってことは、コイツもマーキャのジムリーダーなんだ』
「…ビロウドジムでリーダーを務めています」
『ビロウド…っていうと………あ〜、ネージュが治めているあの寒い町ね』
ミュウ――カガリの言葉にタマキは「はい」と肯定の言葉を返すと、
カガリはナツオの頭からフワリと離れ、品定めをするかのようにタマキの周りをぐるりと一周する。意図の見えないカガリの行動に、さすがのタマキも困惑していると、
ナツオが苦笑いを浮かべながら「大丈夫だよ」と言葉をかけてくる。
正直、「なにが大丈夫なんだ」と突っ込んでやりたいところだったが、
カガリがいる手前、そんなことを言うわけにもいかず、
タマキは仕方なくナツオの言葉を信じて黙ってカガリの次の行動を待つことにした。
数分にわたるカガリの品定めが終わり、
カガリは定位置らしいナツオの頭の上に戻ると――なぜか楽しげにニヤリと笑った。
『キミ、ネージュのトレーナーなんだ』
「!」
「雪 というと……」
『フリーザーだよ。因みに、ネージュはシンオウ飛び回ってるスニェークの妹』
「シンオウにクニーガの兄弟が…?!」
『へー、今のネージュの名前は『ニクーガ』なんだー。
…でも、なんかスノウの方がその名前、似合ってそうだねー』
楽しげにニコニコと笑みを浮かべながら、タマキの知らない名前を次々にあげるカガリ。
だが、カガリのあげている名前に心当たりがないのはタマキだけに限った話ではないようで、
ナツオも自分の頭の上にいるカガリにわけがわからないといった様子の視線を向けていた。
しかし、そんな2人の疑問を気にするつもりがないらしいカガリは、
何かを企んだような笑みを一瞬浮かべると、
タマキに「ちょっと待っててよ」と一言を残して一瞬にしてその姿を消してしまった。
カガリの行方に、カガリの考えていることに――タマキもナツオも心当たりがないわけではない。
十中八九、彼らの予想は違うことなく当たるだろう。それでも、ナツオと関わることでもっと面倒なことになるのでは――
と、考えていたタマキからすれば、ある意味でこれは幸運なことだった。
「…しかし、今回の旅はよく伝説のポケモンに出会うな……」
「類は友を呼ぶ――ってことらしいよ。
俺も、カガリと関わるようになってから色々な伝説のポケモンと知り合ったよ」
「……やはりゲットはしていないのか」
「あははは」
誤魔化した――というよりは、肯定に近いナツオの笑い。
相変わらず、ポケモンをゲットしておくことが苦手らしいナツオ。育て屋という職業的には、なんら支障ないが――
彼を慕うポケモンからすれば、なんとももどかしいことだろう。
ナツオから名前だけを貰ったミュウ――
カガリの心情を思いながら、タマキは思いっきりナツオに向かって呆れを含んだ深いため息をつく。
そのタマキのため息の意味を、タマキは理解しているようだったが、
だからといって言い訳をすることもなければ、改善するということもしなかった。無理をしない――そのスタンスも相変わらずか、
と、思いながらタマキは近くに置かれていたベンチに腰をかけた。