カガリの妙案。
それは、タマキのポケモンであるクニーガの兄弟であるフリーザーを連れてくること――だとタマキは思っていた。
実際、カガリはクニーガの兄に当たるフリーザー――スニェークをタマキの前に連れてきた。
が、それだけでは済まなかったのは予想外だった。
 クニーガよりも少し大きいフリーザー――スニェークの隣に佇んでいるのは、
電撃を思わせる黄色の翼を持った伝説のポケモン――サンダーと、
炎を纏った翼を持つ伝説のポケモン――ファイヤーだった。
 フリーザー、サンダー、ファイヤーは、伝説の三鳥として語られる伝説の鳥ポケモン。
その3羽が一堂に会したその光景はただただ壮観だった。

 

『どうかなスネェーク、キミの妹が選んだ主人は』
『…彼に対してどうこう言うつもりはありませんが………
ネージュが主人を持ったことには多少なり不満があります』
『けれど仕方のないことではないかしら?ネージュはスノウ姉様をとても慕っていたもの』
『それか――フリーザーの性なんじゃねェのか?』
『黙れトゥオーノ』

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらスニェークに同意を求めたのは、トゥオーノと呼ばれたサンダー。
 そんなトゥオーノにスニェークは厳しい表情でぴしゃりと黙るように言い放つと、
トゥオーノは「お〜怖っ」とケタケタと笑いながら肩をすくめた。
 スニェークとトゥオーノのやり取りを端から見ていたファイヤーは呆れた様子でため息をついたが、
不意にそんな2人を放っておもむろにタマキの元へ近づいていく。
近づかれたタマキは緊張した様子で身構えたが、
ファイヤーは「緊張なさらないで」とタマキに優しく微笑みかけた。

 

『ネージュはまだまだ至らぬ点の多い子だけれど、パートナーとして大切にしてあげてくださいね』
「はい」
『…ほらスニェーク、貴方からもお願いするべきではないのかしら?』
『…………』
『スニェークー?キミのときはちゃんとスノウもネージュも文句言わずに役目を果たしてくれたよー』
『……わかっています』

 

 少し呆れた様子でカガリがスニェークに苦言を向けると、
スニェークは不満げな色はありつつも、カガリに了解の言葉を返す。
 そして、ファイヤーがタマキの前から下がると、
それと入れ替わるようにスニェークがタマキの前へ進み出た。

 

『至らぬ妹ですが――どうか、大切にしてあげてください』
「はい、もちろんです」
『……はぁ、やはりネージュには惜しい方のように思えて仕方ありません…』
「………………ぇ?」

 

 自分ではクニーガのパートナーとしては力不足なのか――
なにかスニェークの感に触ることでもしただろうか――
と、色々考えていたタマキの耳に入ってきたのは、想像外すぎるスニェークの言葉。
 思わず自分の立場も忘れて、じっとスニェークを見つめると、
少し気まずそうにスニェークはタマキから視線を逸らし、そのままタマキの前から下がった。
 わけが分からない――というか、理解の及ばないスニェークの言葉に、
タマキが疑問符を乱舞させていると、トゥオーノが「結局そういうことかよ!」と楽しげに声をあげた。

 

『……そうですよ。
…どう見ても彼は、私と姉上の主人たちよりも才のある方です。
そんな彼のパートナーがネージュ………あの子が彼の才能を潰さないか、本当に心配です…』
「いえ、あの……そんなことは…」
『黙ってなよ、フリーザーってポケモンは、お世辞を言うポケモンじゃない――
これはスニェークの正当な評価だよ?』
「……」

 

 スニェークの正当な評価――
それに対して、謙遜であっても異を唱えるということは、伝説のポケモンへの口答えに違いはない。
 それをカガリに指摘され、タマキは思わず口ごもる。
しかし、それでも思うところがないわけではないタマキは、
助けを求めるようにナツオに視線を向けるが――いつの間にやらナツオはファイヤーと世間話に興じていた。

 

「また、ですか」
『ええ、心当たりはないかしら?』
「申し訳ありません。彼女からは何も聞いていなくて…」
『そう……。…前回のことを考えると、また今回も別の地方へ赴いているのかしら…?』
「その可能性が高いですね。あれでいて、キラは冒険心の豊かな子ですから」
「…キラ?」

 

 不意に上がった名前。
それに聞き覚えがありすぎたタマキは、思わずその名前を口にする。
 すると、急にフリーザーたちのタマキを見る目が変わった。

 

『お前!キラの居場所知ってんのか!?』
『もし本当にキラ様の居場所を知っているのなら教えてください!』
『どうかお願いいたします…!』
「…キ、キラは………今、ジョウト地方を旅しているはずです…っ」
『ジョウト…!まさかでしたわ…』
『ジョウトっておい……どーするよ?逆にオレたちがでしゃばると怒り出しそうじゃねェか??』
『…その可能性も否めませんね……』

 

 タマキからキラの所在を聞き出し、あれたこれやと相談をはじめすスニェークたち。
 開放されたというか、放置されたかというかのタマキは、
「キラ」という名前に異常な反応を見せたスニェークたちを尻目に、
事情を知っているであろうナツオに説明を求めた。
 すると、ナツオは「親しいんだったね」と感想を言ってから、
スニェークたちがキラの名前に大きな反応を見せた理由を説明しだした。

 

「彼らの主――ルギアにキラを見守るように命じられて、交代でキラを見守っているそうだよ」
「………どうしてそうなった」
「さあ?詳しいことは聞いていないけれど、
ルギアがキラを気に入っているってことは確かじゃないかな?」
「…………」

 

 百歩譲って、ドラゴンポケモンであるディアルガに気に入られたことは納得しよう。
だが、ドラゴンポケモンでもないルギアに気に入られるというのはなんなのだろうか。
 幼い頃からキラはポケモンに懐かれやすい体質ではあった――
が、伝説のポケモンにまで懐かれるというのはどうなのだろうか。
 色々とポケモンとの関係がおかしいことになっているキラの将来を、
タマキが心の中で色々と心配していると、話し合いを終えたらしいスニェークが近づいてきた。

 

『タマキ、有力な情報をありがとうございます。これで役目が果たせそうです』
「お役に立てたのであれば光栄です」
『…ところで、あたなにはひとつ頼まれた欲しいことがあるのですが――よいですか?』

 

 改まった様子でタマキに頼みごとがあると言うスニェーク。
 本音を言えば、いい予感はしないのだが――
伝説のポケモンの頼みごとを蹴るなどという罰当たりなことができるわけもなく、
タマキは腹を括って「もちろんです」とスニェークの問いに答えた。

 

『では、あなたがマーキャへ戻る際に、私も一緒に連れて行ってください』
「……………ぇ?」
『あたなの疑問はわかります。確かに私自身の力でシンオウからマーキャへ渡ることはできます。
ですが――私といえど大変なのです。あの空は』

 

 スニェークがいう空――それはマーキャ地方からだいぶ離れた位置にある、常に荒れている空のこと。
その空だけが、常に荒れ続けている理由は現代科学をもってしても解明されていなかった。
 だが、人間よりも遥かに長い時間を生きる伝説のポケモン――
スニェークたちですら、対抗策を持っていないのであれば、
これは一生人間には解明も抵抗もできない超常現象なのかもしれない。
ただ現段階で、人間はマーキャと他地方を行き来するための空以外のルートを確保していたのだ。

 

『ボールに入って移動すれば、あの空と格闘する必要はありませんからね』
「………しかし、一時的とはいえ、ボールに収まるのは……」
『いーよ、そんなこと気にしなくて。何かあった時には私が全面的にフォローしてあげるから』
『…どーしたんスか?カガリ様にしては殊勝ッスね?』
『一言余計だよトゥオーノ。
…一応、ナツオの友達が関わってるわけだし、ちょっとぐらい融通利かせたっていいかなーって思っただけだよ』

 

 カガリの答えにトゥオーノは「あ〜」と納得した声を漏らすが、
ナツオの友人認定を受けたタマキといえば、困惑した表情をナツオに向けていた。

 

「…………」
「…まぁ、ウライやエイカたちと比べたら、『友達』ってくくれるんじゃないかな?」
「比較対象が悪すぎる」

 

 同年代であり、何度もポケモンバトルで競い合っているウライやエイカ。
しかし、彼らの性格からいって、彼らはタマキの中で「友達」には絶対に括られない人種だ。
そんな彼らと比べれば――確かにナツオはタマキにとって「友達」と括ってもいい存在ではあった。
 今まで、ナツオの兄弟――
ハルカとアキと関わりたくないが故に、ナツオを苦手な相手としてきたタマキ。
そんなナツオを今になって「友達」と認定することには若干の違和感というか、抵抗感がある。
 だが――必死に「認めて!」と視線で訴えてくるスニェークを前に、タマキは「否」とは言えなかった。

 

「友達だが――お前の兄弟の面倒までは見ないからな」
「…それはもちろんだよ」

 

 真顔で最低限の条件を口にするタマキに、
ナツオは苦笑いを浮かべて、差し出されたタマキの手を取るのだった。