今回のシンオウ地方本文の旅は、タマキにとって大きなプラスとなった。
一トレーナーとしても、ジムリーダーとしても、芸術家としても――伝説のポケモンと関わる者としても。
しかし、その一方で、現状の原因となった自分の行動を――
シンオウへ赴いたことを、タマキは若干後悔していた。
『どうして!スニェーク兄様がタマキと一緒にいるのよ!!』
『不貞の妹を心配して来たまでのことだ』
『嘘を言わないで!私からタマキを取り上げに来ただけでしょ!?』
『……ネージュ…』
『なによ!』
『さすが我が妹』
『嬉しくないわー!!』
猛烈な勢いで放たれるフリーザー――クニーガ の吹雪。
しかし、それをもう一羽のフリーザー――スニェークは風起こしを使っていとも簡単にクニーガの攻撃を相殺する。
クニーガとスニェークの実力差を物語るかのように、スニェークの表情は至極涼しいものだった。
しかし、そうなると俄然面白くないのはクニーガだ。
渾身の力で放った吹雪という大技を、風起こしという初歩中の初歩の技で呆気なく相殺されては――
伝説のポケモン・フリーザーとして立つ瀬がないと言うかなんと言うか…。相手が自分の兄――自分よりも長い時間を生きているとはいえ――
こうもまざまざと実力差を見せ付けられては、黙ってなどいられない。
と、いうより――
『ふざけないで!タマキは私のトレーナーよ!こればかりは兄様だからって譲れないわ!!』
『だがネージュ、お前では彼の才能をつぶしてしまう――そう、私は思うのだが』
『う、ぐ……』
語気荒くまくし立てるように言うクニーガに対して、
終始冷静にまるで諭すかのように言葉を投げるスニェーク。
しかも、それが実に正論であるため、思わずクニーガは口ごもってしまう。そして、それを好機と見たスニェークは、あくまで口調を変えずに淡々とクニーガに言葉を重ねた。
『まだまだ未熟なお前が、トレーナーをもってどうする。彼に教えられる『なにか』があるわけでなし…。
ましてや、彼とその周りの全てを守りきれるだけの力もない――お前には、まだトレーナーを持つのは早いのではないのか?』
『そっ、それは……そうかもしれないけど………』
『それに、お前が守護を任されている森は、常に、ではないにしても、悪質なハンターに狙われていると聞く。
その脅威から森を守ることが、お前の第一の仕事だろう』
『ううっ…う〜〜〜…!!』
「(返す言葉がなさ過ぎる……)」
ぐうの音も出ないほどに追い詰められたクニーガ。
それは2羽のフリーザーの会話を傍から見守っていたタマキでもわかるほどだった。
伝説のポケモンたちにとって、最も優先しなければならない「使命」は任された土地を守護すること。
その役目を果たした上で、個人の意思を許されてトレーナーを――自分が守りたいものを、自分が仕えたい者を選ぶ権利を得る。
しかし、あくまでそれは役目を果たした上での話。
その役目を果たせていなければ、その権利は与えられず、行使することも許されない。
ただ、そこは個々の自己判断にゆだねられているため、それほど厳しいものではないのだが――
第三者 の審判はなかなかに厳しいものだった。
『お前が、未熟であることには、私と姉様の「勝手」も一因であることは理解している。
だがそれでも、多くを守れるだけの力を持たないお前に――大切な存在を持つのは早い』
『……だとしても私は――!』
『ネージュ、聞き分けろ。これはお前のためであり、彼のためでもある。
本当に彼のことを思うのであれば――早く強くなれ』
『………え?』
タマキのポケモンであることをやめろ――てっきりそう言われるものと覚悟していたクニーガ。
しかし、そのクニーガの予想に反して、スニェークが口にしたセリフは――寧ろ、クニーガの背中を押すものだった。
『私とて、トレーナーを――パートナーを持つことのよさは知っている。そして、それを手放す辛さもな。
――だからこそ、お前に最悪の形でパートナーを失って欲しくない。
…それを防ぐためにも、お前自身に強くなってもらう必要がある』
『そ、それじゃあ……』
『スノウ姉様の元へ行って修行してくるんだ。――その間、永久氷樹の森とタマキは、私が守ってやる』
『スニェーク兄様……』
『…なんだ』
『タマキは守らなくていいわ』
『――断る』
いい話――で、話がまとまりそうだったというのに、
なぜかまた話がややこしくなりそうな気配がしてくる。しかし、その気配を感じ取りつつも、フリーザーたちの会話に割り込む勇気のないタマキは、
ただ黙ってフリーザーたちを見守るほか、選択肢はなかった。
『なんでよ!別にタマキのことまでは守らなくたっていいじゃない!』
『一応、私はお前の代わり――だからな。タマキを守るのも役目のうちだ』
『はぁ?!なにが役目のうちよ!単に兄様がタマキと一緒にいたいだけでしょ!!?』
『それのなにが悪い』
『キィー!!』
「(…ああ、誰か話をつけてくれないものか……)」
なんともいえない理由で言い争うフリーザー兄妹に、タマキは思わずため息をつくのだった。