「レッド、お前にこの注意をするのは何度目だろうか」
「……覚えてない」
感情の宿らない冷たい視線をレッドに向け、は静かに問うが、
返ってきたレッドの言葉はに負けず劣らず静かなものだった。だが、と違ってレッドの声は微塵たりとも怒りの感情を含んでおらず、
単に今のの質問に対して興味がないが故の静かな返答なのだろう。
もちろん、レッドと付き合いの長いは、レッドが今の話題に興味がないことも、
自分の注意を気にしていないこともすべて理解している。だからこそ――何度も注意する羽目になるのだ。
「ああ、そうだ。覚えていられないほど何度も注意しているんだ。私は」
「…………」
音もなくレッドの背後に回ったは、素早くレッドにチョークスリーパーを仕掛けた。の怒りの度数を現すかのように、きつくレッドの首を締めあげるの腕。
よっぽど怒っているのか、その力に加減はなく、思わずレッドは無言での腕をタップした。
教訓「反省は大事」
「まったく…このやり取りも数え切れないほどやったぞ」
レッドを開放し、不機嫌そうに言う。
しかし、止められた呼吸を再開するので精一杯のレッドに、
に謝罪やフォローをする余裕はなく、何の言葉も返さずに呼吸を整えていた。そんなレッドの姿を見ては深いため息をつく。
本当にこのやり取りは冗談抜きで何度も繰り返されている。
注意しても、注意しても、一向に改善される気配のないレッドに対して堪忍袋の緒が切れ、チョークスリーパー。
一番頭にきたときは、確かバックドロップを決めたこともあった気がする。そんな暴力を注意される度に受けていては、嫌になってやめるのでは――
と、頭の片隅で思っていたであったが、その予想は思い切りよく外れて現在に至っている。
どうにもこうにも改善の兆しのないレッドに、は頭が痛くなるような感覚を覚えた。
「…頭、痛いのか?」
「ああ、お前のせいでね」
何事もなかったかのような様子での心配をしてくるレッドに、は更に頭が痛くなった気がした。レッド、グリーン、ホクト、。
この4人は同郷で同い年の紛うことなき幼馴染だ。
この幼馴染組の中でも特に仲がいいコンビが、レッドと、グリーンとホクトなのだが、
レッドとの場合は仲がいいと現すには微妙なのだ。レッドとは似たような波長の持ち主同士なので、一緒に居て居心地がいいので一緒に居ることが多いが、
グリーンとホクトのように、とレッドがお互いを理解しあえているかと問われれば、それは「否」だった。
寧ろ、レッドと「仲がいい」のはホクトで、彼はレッドの僅かな表情の変化にさえ気づき、
簡単にレッドの行動や気持ちを理解するのだ。ホクトなら打開策を見出せるのでは――?
そんなことをが考えていると、急に目の前が薄暗くなる。
「なんだ?」と思って視線を上げてみると、そこには無表情――
ではなく、若干の怒りの感情を含んだ表情を浮かべたレッドが目の前に居た。
「……どうした?」
「別に」
「どうにしてない人間がとる距離ではないと思うが?」
「俺たちなら普通」
あくまでなんでもないと言い張るつもりであろうのレッドに対して、は早々に折れた。物静かで冷静で――表面上だけを見ていれば、レッドはかなり大人に見えるが、
意外に子供っぽい一面があり、意地を張ると多少の時間を要しないとほぼ確定で折れない。
それを知っているにとって、最良の選択肢は自分が折れることだったわけだ。相変わらず近いレッドとの距離。
しかし、慣れているが故にの思考は大分冷静で。
さてどう打って出たものかと考えようとしたときだった。
「プックリ〜ン! 」
「…ッ!!」
元気よくレッドにタックルを決めたのはプクリン。
突然の乱入者に気づけなかったレッドはプクリンの暴挙を許し、プクリンのタックルの勢いで後方へと倒れた。受身も取れず不恰好にドターンと倒れたレッド。
幸い、後頭部の強打は免れたものの、床に打ちつけた背中がかなり痛かった。
「バル、さすがに捨て身タックルはないだろう」
プクリンをたしなめるだったが、
プクリンの方は自分の選択を間違っているとは思っていないようで、笑顔でに抱きつく。
そして、不意にレッドにどす黒い笑顔を向けた。
「ププ、プププ〜 」
「……セーフだ。だって普通って認めた」
「いや、普通と認めたわけじゃない。単に折れただけだ」
むすっとした表情でプクリンに反論したレッドだったが、
あっさりとが普通と認めていたわけではないと言うと、むすっとしていた表情を更にむすっとしたものに変えた。それを見たプクリンは楽しげにクスクスと笑うと、
から離れてリザードンが本を読んでいる店の隅スペースに落ち着く。
そして、もう茶々を入れるつもりはないとでも言うかのように、適当な本を手に取ると読書を始めていた。
「時々、バルの考えてることがよくわかない」
「…だろうな」
何気ない様子でがレッドに近づき、レッドに手を伸ばす。
そのの手をレッドは戸惑いもせずに取ると、体に走る鈍い痛みを感じながらも立ち上がった。立ち上がったレッドをじっと見る。
そんな自分を黙ってじっと見ているに対してレッドは、少しだけ不思議そうな表情を見せる。
どうやら、不思議には思っているようだが、の視線を不快に感じてはいないようだ。それを理解すると、はレッドに「どうした?」とだけ尋ねた。
「………」
すると、急激に表情の曇るレッド。
今更、意地を再度張るようなタイプではないが、言い出し辛いことには変わりないらしい。
しかし、だからと言って「言わなくてもいい」などとが優しい言葉をかけるタイプであるはずもなく、若干重い沈黙が続いた。本人たちはその沈黙をさして気にはしていないが、
それにつき合わされているポケモンたちには堪ったものではない。
このうざったい沈黙に耐え切れず、レッドのピカチュウがの胸に飛び込んだ。
「ピカ、ピカピカチュ 」
「……私が悪いのか?」
「ピッカ、ピカ―― 」
「ピカ、それ以上言ったら晩飯抜く」
「ビッ 」
低い声で脅すように言うレッドにピカチュウはガチンと固まる。
だが、いつまでも固まってはいられないと、意を決してレッドの方を見てみれば、清々しいまでの無表情。しかし、当然のようにレッドの目の奥には黒いものが渦巻いており、機嫌を損ねたことは確定。
これ以上機嫌を損ねた日には、今晩どころか明日も明後日も食事を抜かれそうな気がしたピカチュウは、
身軽にの腕から抜け出すと、定位置であるレッドの帽子の上に落ち着いた。
「……その態度からいって、ピカの言っていることは正しいらしいな」
「…まぁ……」
脅してまでピカチュウの言葉をとめた以上、
ピカチュウの言葉が真実ではないと否定できる要素もなく、レッドは気まずいながらもの言葉を認めた。がレッド以外のことを考えたから――レッドの機嫌が悪くなった理由をピカチュウは見事に言い当てた。
鋭い相棒を、ある意味で恨みながらも、レッドはある意味で感謝していた。なんとなく情けなくなったレッドはから視線を逸らそうとしたが、
それよりもに呼び止められてしまい、視線を逸らすわけにも行かずに視線を向けたまま「なに」と返事返すと、
は意外な行動をとった。
「すまない。私はレッドから逃げた…。……不快な思いをさせてすまない」
「…逃げ……た?」
「ああ、この状況の打開策が見えなくてホクトを頼ろうと…」
申し訳なさそうにそう言うに、レッドの方がに対して申し訳なくなる。
が自分以外のことを考えた原因は自分だというのに、
勝手に不機嫌になってを困らせた上に、悪いことなどしてもいないのに謝罪までさせてしまった。どうに謝罪したものかとレッドが内心困惑していると、
すでに結論を出してしまっているがガシリとレッドの肩を掴んだ。
「な……」
「レッド、私たちは幼馴染で、それと同時に親友でもあるはずだ。
――だが、私は親友であるお前に対して全力でぶつかっていなかった」
「…………(嫌な予感がする…)」
「だから、これからは全力でお前にぶつかっていこうと思う」
「…ああ」
わけのわからないの気迫に圧され、嫌な予感を感じながらも、思わず頷いてしまったレッド。
しかし、後悔しても遅すぎる。の全力投球は既に開始されてしまったのだから。
「では、シロガネ山のリングマたちと和解するまで、TwilightCafe出禁」
「なっ!?」
「サン、バル、ご退場願え」
レッドの反論も許さずがそう言うと、店の隅にいたリザードンとプクリンが早々に動き出す。
そして、リザードンはレッドの首根っこを掴み、プクリンはピカチュウを自分の頭に乗せ、店から出て行った。それをは笑顔で見送り、最後にレッドへの激励の言葉を向けた。
「リングマたちはミツハニーの甘い蜜が好物だ。頑張れ」
そう言うを尻目に、レッドは今までの行動を悔やむのだった。
■いいわけ
甘を目指したはずが、結果的にはギャグオチとなりました。毎度よろしく上手に着地できません(泣)
全力でぶつかる=若干のスパルタ――な感じで炎赤主はレッドさんを尻に敷けばいいと思います。
夢主を振り回すレッドさんも好きですが、振り回されるレッドさんもいいんでないかと思う今日この頃です(笑)