ワタルは今でも鮮明に覚えている。
あの常識から清々しいほどにかけ離れた出会いを。
プライドが高く、さらに獰猛であることもよく知られているドラゴンポケモン。
しかし、ミニリュウやタッツーといった進化していないポケモンであればそれほど攻撃性はなく、
野生の個体であっても触れ合ったりすることは容易だ。
ところが、あの時ワタルが目にした光景の中に存在したのは、ミニリュウやタッツーではない。
それはどっしりとした大きな巨体を持ったボーマンダ。
しかも、1体ではなく3体ぐらいはいた。
暴れだしたら最後、手のつけようがないほどの能力を誇るボーマンダ。
熟練のドラゴン使いですら、ボーマンダには敬意を払い、細心の注意を払って接するのが絶対とされている。
自分で育てたボーマンダでさえ細心の注意を払わなくてはいけないのだから、
野生のボーマンダとなったら、それ以上に注意を払って彼らを刺激しないように接しなくてはいけない。
が、あの時ワタルの目に飛び込んできた少女は、無遠慮にボーマンダの口の中に頭を突っ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の里にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々にやってきたコキアケタウン。
手付かずの自然が多く残るマーキャ地方においても、特に自然がそのままの形で残っている地域だ。
このコキアケタウンはワタルの出身地であるフスベシティと姉妹都市関係にあり、
その関係でワタルにとってコキアケタウンは馴染みの深い土地になっている。
ドラゴン使い一族の族長の使いで訪れたり、自分とポケモンたちの修行ために訪れたり、
訪れた回数は今となっては数え切れないぐらいになっていた。
今回ワタルがコキアケを訪れたのは修行のため。
久々にポケモンリーグが休みとなったのだが、
如何せんリーグへ進出するための条件が厳しいためにリーグに挑戦してくる挑戦者の数が少なく、
ほとんどリーグが開催されていても休みに程近いものがあり、
休みの日にでもしっかり修行をしないと腕が鈍るのではないかと思い、
ワタルは遥々カントーからマーキャまで足を伸ばしたのだった。
フスベシティが「竜使いの里」と呼ばれるのに対し、コキアケタウンは「竜の里」と呼ばれている。
竜使い――それどころか人間の数が極端に少ないコキアケは、人間のための里というよりは、
ドラゴンポケモンたちのための里という印象が強いため、竜の里と呼ばれるようになっている。
故に野生のたくさんのドラゴンポケモンが生息しており、修行には事欠かない竜使いには最高の修行場所なのだ。
コキアケの長老――コキアケの竜使いの族長に挨拶を済ませ、ワタルはコキアケのポケモンジムへと向かう。
いきなりコキアケの野生のドラゴンポケモンたちとのバトルをしてもいいといえばいいのだが、
正直、コキアケの野生のポケモンは半端なく強い。
ジョウトのチャンピオンとして君臨しているワタルでさえ、油断すれば負かされることがあるほどなのだ。
その強さを身もって知っているワタルは、
コキアケジムでウォームアップをするのが恒例となっていた。

 

「あっ!ワタルお兄ちゃん!」
「やぁキリウ、元気そうだな」

 

ジムへと足を踏み入れたワタルを笑顔で迎えたのは、歳若いながらもコキアケジムのリーダーを務める少女――キリウ。
昔からの顔馴染みであるワタルがやってきたことを素直に喜んでいるようで、無邪気な笑顔を見せている。
そんなキリウの頭をワタルは「よしよし」と撫でると、キリウはやや急に少し不機嫌そうな表情を見せた。

 

「わ、私っ、ジムリーダーなんだよ!みんなに示しつかないよ!」
「いいじゃないか、俺はジムリーダの上にいるチャンピオンだって事はみんな知ってるんだ」
「そ、そーいう問題じゃないの!!」

 

パタパタと怒るキリウとそれを軽く受け流すワタル。
この風景はこのコキアケジムにおいてはそれほど珍しい光景ではない。
この毎度ともいえるやり取りを終えると、ワタルはキリウにいつも通りに「さて」と切り出した。
これは、いつもワタルがキリウにバトルを申し込む時の前置き。
ワタルからこう切り出されると、キリウは急に背筋を伸ばして緊張するのだが、
今日はそんな姿を見せずに、ワタルが切り出すよりも先に口を開いた。

 

「あのね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生い茂る木々の間を抜けてワタルは前へと進む。
代わり映えのない風景に本当に進んでいるのか普通であれば心配になるものだが、
長年の感覚で進んでいると強い核心のあるワタルの歩みに迷いはなかった。
確信を持ってひたすらにワタルは森を進む。
彼が目指す場所は、限られた竜使いだけが足を踏み入れることを許される、
野生のドラゴンポケモンたちの特別なテリトリー――竜王の塒。
強者と認められたドラゴンポケモンだけが訪れることを許された場所だ。
正直、ワタルもこの場所に訪れることはあまりない。
連日の修行場にするには相手のポケモンたちがあまりにも強すぎる。
修行の総仕上げとして、力試しに利用することはあるが、それも毎回ではなかった。
そんな場所に、ワタルが修行の初日に訪れるなど初めてのこと。
だが、そんなことをしてでも、ワタルは今、竜王の塒へと赴かなくてはならなかった。
森を抜けたワタルの目に映ったのは大きな湖。
湖の中央には木々の生い茂る小島がある。
そして、湖のほとりで、水面で、そして空の上で、ドラゴンポケモンたちが戦いを繰り広げていた。
緊張した面持ちでワタルが足を踏み入れると、一斉にドラゴンポケモンたちの視線がワタルに集中する。
一瞬は警戒の意味を持ったものだったが、それはすぐに好意のものに変わる。
敬意を払うかのようにドラゴンポケモンたちはワタルに会釈すると、
バトルに興じていたものはバトルを再開し、観戦していた者は再度バトルへと視線を移した。
そんな中、未だに警戒の視線をワタルに向ける視線が3つ。
しかも、よくよく神経をとぎすませてみると、警戒に混じって殺気も若干含まれているような気がしてならない。
苦笑いを浮かべつつ、ワタルが視線の主へと目をやれば、予想通りにそこにいるのはフライゴンとガブリアスとカイリュー。
今にも襲い掛かってきそうな3体にどうしたものかとワタルが頭を悩ませたそのときだった。

 

「……誰かいるの?」

 

やや緊張した空気の中、不意に放たれた少女の声。
その少女の声に即座に反応したフライゴンたちは、少し慌てたような様子を見せたが、
ワタルの存在を隠し通すことは不可能だと判断したのか、スッとその場から離れた。
フライゴンたちが姿を除けたことによって見えたのは、大地に腰を下ろした一人の少女の姿。
その少女とワタルの記憶の中にいる少女の特徴が頭の中で一致する。
ワタルは今すぐにでも近づきたい気持ちを抑えて言葉を投げた。

 

「久しぶりだな、
「…ワタル……さん?」
「ああ、俺だ。ワタルだ」

 

ワタルがそう言うと無表情に近かった少女――の表情に笑顔が浮かぶ。
その場からすくっと立ち上がると、はすぐにワタルの元へと駆け寄ってきた。

 

「お久しぶりです、ワタルさん」
「…5年ぶりぐらいか?」
「そうですね、私がシンオウに引っ越してからだから…」
「なんだかもっと会っていなかった気がするな。………緑翼たちはつい最近会った気がするが」

 

和やかにと会話をしていたワタルにグッサグサ突き刺さるのは、フライゴンたちの強い嫉妬を含んだ視線。
胃を潰されそうな圧迫感に耐え切れずワタルがから視線を逸らすと、
それを不思議に思ったが自分の周りを囲んでいるフライゴンたちに視線を向ける。
しかし、即座に邪気を一切含まない笑顔をフライゴンたちが浮かべたため、
の疑問は解消されることなく、さらにワタルに突き刺さるものも解消されないようだ。

 

「と、とにかく、に会えて嬉しいよ」
「私もワタルさんに会えて嬉しいです」

 

本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる
そんなの表情を見られてワタルは少し嬉しい気持ちになったが、
それに比例して大きくなるフライゴンたちの嫉妬の視線に若干押しつぶされそうな感覚に陥る。
どこかへ行ってしまいそうになった意識を、何とか留めてワタルはに「ありがとう」と言葉を返した。

 

「…ワタルさんは修行ですか?」
「あ、ああ、そうなんだ。リーグの休暇を利用してね」
「さすがですね、リーグが休みでも修行だなんて…」
「いや、リーグも挑戦者がいなくて結構暇なんだ」

 

苦笑いを浮かべながらワタルが困ったように言うと、
は驚いたような表情を見せることもなく、納得したような表情を浮かべて口を開いた。

 

「……ジョウトもなんですか」
「ああ、ジョウトも――ん?も??」
「シンオウの四天王やチャンピオンもそう言っていたので」
「………ということは、はシンオウのリーグに挑戦したのか?」
「はい」
「当然?」
「制覇しました」

 

「結果は?」と聞くところを「当然?」と聞いてしまう辺り、
ワタルは無意識のうちにの才能を認めているようだ。
驚きの事実ではあるのだが、ある意味で当然のことといえる事実に、
ワタルはどうリアクションしていいのかよくわからなかった。
だが、ふと浮かんだ名案から、すぐにに返す言葉を決めた。

 

「なら、今度はジョウトリーグを目指してみないか?」
「…ジョウト?」
「ああ、ジョウトにも強いトレーナーがたくさんいる。トレーナーとしての腕を磨くには最適だと思うぞ」

 

自信満々といった様子でに提案するワタルであったが、の反応はいまいち。
感情の読めない表情を浮かべて黙り込んでしまっている。
予想もしないの反応にワタルが慌てて「どうした?」と声をかけると、はひと間空けて言葉を返した。

 

「みんなが許してくれるかどうか……」
「………」

 

につられて視線を上へとずらしてみると、
そこには殺気立った様子で睨みあうフライゴンたちの姿があった。
今にも殴り合いの大乱闘を勃発させそうな雰囲気ではあるが、がいるのでそれはないだろうが、
本当にがジョウトに行くとなった場合、誰がと共にジョウトに渡るか大いに揉めることは確実だ。
仲間間での争いごとを嫌うだけに、自分の勝手が原因で揉め事を起こすのは強い抵抗がある。
だが、強いトレーナーという単語を出されて黙っていられるほど、は闘争心の弱い性格ではなかった。
困った表情を浮かべる
そんな彼女に実は的確なアドバイスをすることがワタルにはできる。
が、それをすると、人一人を余裕で殺せそうな3つの殺気がグザッ!!
と刺さること間違いなしなので、躊躇せざる負えなかった。
だが、そんな殺気は恐ろしいが、それを我慢する価値は十分にある。
久々に、骨のあるチャレンジャーがやってくるというのだから。

 

「…、ヒイナさんに相談してみてはどうだ?」
「お母さんに?」
「ああ、ヒイナさんは説得が上手いからな。きっとの力になってくれるぞ」
「……そう…ですね。お母さんに相談してみます。…ワタルさん、ありがとうございます」
「当然だろう?俺も久々のチャレンジャーは楽しみだからな」
「…絶対、ワタルさんのところに行きますね」

 

好戦性を秘めたの活き活きとした瞳。
それにワタルは強く惹かれる。
幼い頃から変わらないその強い輝きを、ワタルは昔から好いていた。
5年という空白の時間は、すっかりを変えてしまったのではと思ったが、
そんな心配は杞憂に終わり、ワタルの目には自分のよく知るあのドラゴン使いの少女がいた。

 

「ああ、待っているよ」

 

そう言ってワタルはに背を向けて去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 オリジナル設定満載でお届けすることとなりました(滝汗)
自分設定で夢主はドラゴンポケモンの里で生まれた設定なので、これは活かさねば!と…。
これから擬人化小ネタをちょっくら挟んで、各地ジムリーダーやら四天王との短編が書きたいと思います!