土に触れる作業――それはヒョウタにとってほとんど日課になっている。
それは炭鉱での作業であったり、趣味である化石採掘であったり、とにかくヒョウタは土に触れていることが多い。
そのため、服装も泥などで汚れることが多く、本人も自覚しているが、なんとなく土臭い。
もちろん、定期的に作業着は洗濯しているが、
それでも土に触れる作業をしていると、服が汚れるスピードは尋常ではなかった。
職業病――少々ニュアンス的なものが違うかもしれないが、
ヒョウタにとって身についた土の匂いは、それに近いのかもしれない。
ただ、真面目なヒョウタにとって、その土の匂いはマイナスにしか感じられていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外なメリット?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下通路の盛り上がった壁に触れると、
ヒョウタはおもむろにピッケルを取り出し、慎重に壁に埋まった化石の採掘をはじめる。
大きな石ははハンマーで、細かい場所は慎重にピッケルで、硬い岩盤に気をつけながらヒョウタは化石を掘り進めて行く。
ゆっくりとだが、確実に姿を現しはじめた化石。
まだどんな化石か判別できるまでには至っていないが、
ヒョウタにはこの化石がはじめて見るタイプの化石のように思えた。
そんな期待感に胸躍らせながらも、ヒョウタは平静を装いながら作業を進める。
ハンマーで岩を砕き、ピッケルで砂利を取り除く。
そして見えてきたのは――

 

「ツメの化石…」
「うわぁ!?」

 

化石が全貌を露にしたその瞬間、ヒョウタの耳に飛び込んできたのは人の声。
しかも、その声はこの地下通路でよく出会う山男の野太い声ではなく、場違いともいえる澄んだ少女の声。
驚いてヒョウタが振り向けば、そこには知った顔があった。

 

!?」
「ん、こんにちは」

 

ヒョウタの背後にいたのは少女――
酷く驚いているヒョウタとは対照的に、落ち着いた様子の
まぁ、彼女から声をかけてきたのだから、驚いていた方が逆に不思議だろう。
しかし、そんな簡単な答えすら導き出せないほどヒョウタは動揺しているようで、呆然との顔を見つめていた。
自分の顔を見つめるヒョウタに特に言葉をかけることも無く黙っていただったが、
しばらく経ってからヒョウタに言葉をかけた。

 

「……落ち着いた?」
「…え、……あっ、ごめん!」
「ううん、いきなり声かけた私が悪いから…。ごめんね、ヒョウタ」

 

に声をかけられふっと我に返ったヒョウタは慌ててに謝罪するが、
は申し訳なさそうな表情を浮かべて首を横に振ると、逆に自分の突然の行動を謝罪した。
その謝罪を受けたヒョウタは、少し困ったような表情を見せたが、
ふと思いついた名案に表情を明るくすると、笑顔でに提案した。

 

「お互い様ってことでどうかな?」

 

挨拶もなしに話したは悪い。
だが、ポツリと洩らしたの一言であそこまで驚いたヒョウタは悪いというか失礼だ。
どちらも悪いことをしたが、された方にとっては大したことではない。
かといって、した方がそれをなかったことにされても納得しない。
ならば、お互い様ということでイーブンにすればいい。
ヒョウタの名案を聞いたは、表情をやわらかくした。

 

「…優しいね、ヒョウタは」
「そんなことないよ。実際、お互い様だったんだ」
「……うん、ありがとう」

 

フワリと笑みを浮かべてヒョウタに礼を言う
そんなの穏やかな表情を見て、つられてヒョウタの表情も穏やかなものになる。
やっと二人の間に流れる空気がいつもどおりの穏やかなものになったところで、
ヒョウタは未だに壁に埋まったままの化石を取り出した。
優しく化石についた細かいゴミを取り覗くと、
ヒョウタは改めて全容を見てみようと化石を地面に置いた。

 

「…うん、の言ったとおりにこれはツメの化石だね」
「立派だね」
「そうだね。……まぁ、さすがに父さんの化石には負けるけどね」
「……トウガンさんの化石…すごく大きいもんね…」

 

いつだったかトウガンに見せてもらった化石。
それは今回ヒョウタが掘り出したツメの化石――アノプスの化石。
が、そのサイズは尋常なものではなく、通常のアノプスの化石の何倍もの大きさのあるものだった。
それを思い出したは納得したというか、困惑したような声でヒョウタに言葉を返した。

 

「そ、そういえば、の収穫は?も化石を掘りに来たんだろう?」
「…ん」

 

話題を返るためにヒョウタがに成果を聞いてみると、
は返事のつもりであろう小さな声を洩らすと、ごそごそと袋から自身の成果を取り出した。

 

「ねっこの化石…だね。へぇ〜、なかなか立派じゃないか」

 

が取り出した成果は、ねっこの化石。
標準的なサイズだが、化石の形成状態がいいようにヒョウタには思えた。
このレベルの化石であれば、きっと博物館で復元してもらえるだろう。

 

はその化石を復元するのかい?」
「…うん。岩タイプのポケモン、あんまり育てたこと無かったし…」
「もしかして、岩タイプはあのバンギラスだけ?」
「うん。……だから、アドバイス貰いにヒョウタのところに行ってもいい?」

 

少し不安げな表情で尋ねてくる
そんなを見てヒョウタはふっと笑みを洩らした。
そんな嬉しい頼みごとを断るはずなんて無いのに――、そんなことを心の中で思いながら、
ヒョウタは優しくに「もちろん」と答えを返した。

 

「ありがとう。…やっぱりヒョウタは優しい」
「褒めすぎだよ。ボクにとってもが来てくれるのはプラスなんだから」
「……そうなの?」
「そうだよ。あのバンギラスとバトルしたときもいい刺激をたくさん貰ったし、今回もたくさんいい刺激を貰えそうだ」

 

期待を含んだ笑顔をヒョウタは浮かべると、不思議そうな表情を浮かべていたは、その表情を嬉しそうなものに変えた。
色々な土地を回りながら何とか育て上げたバンギラス。
岩タイプとしての特色を生かせているのか少々不安に思っていたのだが、
岩タイプのエキスパートであるヒョウタが褒めてくれたのだ。
これはなにより嬉しいことであり、自信に繋がるものだった。

 

「……すごく嬉しい」
「ははは、ボクもに頼りにされるのは嬉し――って!?」
「?!」

 

地上へ戻るために歩き出したヒョウタと
ところが、不意にの体が宙に浮く。
突然のことにわけもわからず、は浮遊感に身を任せていると、急にぐぃと何か力強い力に引かれた。

 

!大丈夫かい?!」

 

を引いた力――それはヒョウタだった。
どうやらつまずいたを倒れる前に助けてくれたらしい。
あまりに突然のことだったので、形振り構ってられなかったため――抱きしめる格好になっているが。

 

「………うん」

 

慌てたヒョウタの声に一間空けての返事か返ってくる。
の無事を確認してホッとしたのもつかの間。
不意に目に入った自分との状態に、思わずヒョウタは「ぅわあ!?」と声を上げて距離を取った。

 

「ゴ、ゴメン!ぁあ、えーと…そのねっ……」

 

抱きしめる格好になっていたこと、大声を上げてから距離をとったこと――浮かんでくる謝るべきこと、
それに加えてがっちりとを抱きしめたことによる動揺でヒョウタの頭は軽いパニック状態にあった。
どうやらパニック状態――というか、思考能力が正常に働いていないのはも同じようよで、
盛大な間を空けた後、ポツリと言葉を洩らした。

 

「……土くさい…」

 

たとえるならば、鈍器で殴られたような衝撃。
正直、鈍器で殴られたことが無いので、このたとえは間違っているかもしれない。
もしかすると、この衝撃は鈍器で殴られたときよりも強いかもしれない。
化石を掘っていた。
当然、ヒョウタの服は土だらけ――言うまでもなく土くさいだろう。
言い訳しようにも返す言葉が思い浮かばずヒョウタの口は息だけを吐き出す。
もがくかのように震えた手を持ち上げるが、
それを何処にやっていいものやらわからず、ヒョウタの意識はフェイドアウトしていく。
だが、完全に頭が真っ白になるその前に、の一言がヒョウタの耳に届いた。

 

「すごく好き」
「…………へ…?」
「ヒョウタの傍が心地いい理由、なんとなくわかった」

 

嬉しそうな笑みを浮かべてそういうのは
ヒョウタの予想では、それはもう嫌な顔をされると思っていただけに、その表情は意外どころの話ではないぐらい。
予想外の予想外――今世紀最大の予想外かもしれない。
ヒョウタの頭の中の混乱は収まるどころか酷くなっていたが、思考が追いつかず呆然と立ち尽くす格好になっている。
だが、それを特に気にする様子もなく、はスッとヒョウタの後ろに回るとヒョウタの背中を押した。

 

「帰ろ」
「え、あ…、う、うん」

 

相変わらず混乱しながらもヒョウタはに背を押されるまま歩き出す。
色々整理しなくてはいけないことはあるが、おそらく今の自分の頭では整理できないだろう。
おそらく、ただただ混乱するだけ。
ならば、今は彼女が自分に向けてくれている笑顔を信じることにしよう。

 

「(嫌われなかったのか確かだよな…?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 となり真知様よりのリクエストで「ヒョウタ夢」でございました。
久方ぶりにヒョウタさんにスポットライトを当てた気がします…(汗)でも、楽しかったです!
頑張ったらこの話の続編ではないですが、後日の話も書けそうでなので、むふむふしてます(笑)
 この作品を、となり真知様が楽しんでいただければ幸いです!改めまして、リクエストありがとうございました!