薫るコーヒーの香り。静かに流れるジャズ音楽。
雰囲気は最高、このタイミングで会話を始めれば、おそらく長時間、自然に会話を続けることができるだろう。カウンターの向こうでコーヒー豆の入ったビンをあれやこれやと吟味している女性。
今、彼女に無理に話を振っても、確実に会話は早々に打ち切られる。これは経験で理解している。だから、彼女がコーヒーを入れ終わってから、
コーヒーの感想をきっかけにゆっくりと話を変えていく――これがベスト。
そんな策を頭の中で練りながら再度、彼女に目をやった。
「ブラックでよかったね?」
「おう」
淹れたてのコーヒーを自分の前においてくれた彼女に返事を返して彼はコーヒーカップを取る。
そして、ゆっくりとコーヒーを味わった。苦味の中にあるコク。だが、長々と後を引くことは無く飲みやすい。
あっさりしすぎているという人間もいるかもしれないが、彼にとっては嫌いな味ではなかった。自分の中である程度感想をまとめ、さぁ会話を始めようとしたときだった。
「ちわーッス!ミ○ワ屋でーす!」
「…酒屋じゃないだろ」
邪魔者登場。
そんなマサラの四人組
シロガネ山のふもと、そこに建てられた小さな喫茶店――それがここ「Twilight Cafe」。
シロガネ山のふもとという選ばれた人間しか足を踏み入れることを許されない場所にあるだけあり、
訪れる人間は限られており、尚且つ実力のある人間ばかりだった。
「あ゛〜!毎度お前は雰囲気ぶち壊しやがって!!」
底抜けに明るい調子で店に入ってきた青年を怒鳴りつけるのは、
トキワシティのジムリーダーを勤める青年――グリーン。数年前にジムリーダーに就任した、まだ経歴の浅いジムリーダーだが、
一度はポケモンリーグーの頂点に立ったその実力は本物だ。
「え?グリーンって雰囲気とか気にするタイプだったっけ??」
グリーンに怒鳴られキョトンとしている青年――ホクト。カントーの全ジムリーダーを倒し、すべてのジムバッチを集めた数少ない人間。
ポケモンリーグへは挑戦しなかったが、グリーンと同等にバトルできる実力を持ったおり、
キョトンと阿呆面を下げているが、これでも実力者と呼べる存在だ。
「……グリーンもいい加減大人になったってことだ」
わけがわかっていないホクトに適等な言葉を返した青年――レッド。四天王を降し、グリーンも降し、ポケモンリーグの頂点――ポケモンマスターとなった存在。
現在は更なる極みを目指して、強い野生のポケモンが暮らすシロガネ山で修行に励んでいた。そんな実力者がワイワイと賑わう中、不意に走る殺気。
ゾクリと背筋を駆け抜ける悪寒に心当たりがありまくる青年たちは、
恐る恐る原因であろう存在に視線を向けた。
「…この店の和を乱す人間は――誰であろうと燃やすよ」
笑みを浮かべてそういうのは、
この店の店主であり、また彼らと同じく実力者として肩を並べる女性――。彼女の横にはパートナーであるリザードンが不敵な笑みを浮かべており、
「燃やす」という彼女の言葉が冗談なのか、本気なのか、まったく区別がつかない。
だが、燃やされないにしても、殴られるくらいのことにはなると、これまでの経験で理解している三人は、
素直に「すいませんでした」とに頭を下げた。
「わかっているのならいいさ。――サンも読書中にすまなかったね」
「ガゥ」
気にするなとでも言うかのようにリザードンは一声咆えると、定位置である店の奥へと戻っていく。
それを確認した三人は心の中でホッと安堵の息をついた。やっと空気が落ち着いたところで、レッドとグリーンは自分の定位置である席へ腰をかける。
その傍ら、ホクトはゴソゴソと自分の腰からモンスターボールを取ると宙に放った。すると、ボールの中から一体のモジャンボが姿を現した。
「えーと……ここっ!」
ずぼっと音を立ててモジャンボの蔓の中へと頭――というか上半身を突っ込むホクト。
「アレ?」とか「こっちだっけ?」とホクトがモジャンボの中で声を洩らしているが、
それに対してモジャンボは少しも驚く様子はなく、何事も無いかのようにボーっとしていた。もちろん、それを眺めるレッドたちにも驚いている様子はない。
ただ、グリーンは呆れているようだが。
「……ふつーにバッグを持ち歩くっていう選択肢はないのかよコイツは」
「ないだろ。ホクトの物忘れの酷さ――グリーンが一番分かってるだろ」
「あ゛ー……」
レッドの冷静な言葉で、グリーンの脳裏にいつかの幼い頃の記憶が甦る。ああ、確かに酷かった。
遠足に弁当を忘れたり、海水浴に水着を忘れたり――それはもう酷い。さすがにいい年なんだから――と侮ってはいけないことも、グリーンは知っている。
ホクトという人間は、人の想像を綺麗さっぱりぶち壊すボケの持ち主なのだから。
「あ!あったあった!――あ」
どうやらホクトは目的のものを見つけ出したらしい。
が、モジャンボに頭を突っ込んでいたホクトの姿がなかった。予期していたといえば予期していた。突拍子もないボケもホクトはかますが、
こんなベターなボケも、ホクトは惜しげもなくかますのだ。――正直、惜しんで欲しいが。
「レッドー、グリーンー、ー出れなくなったー」
暢気な声で救助を要請するホクトに、遠慮もなしにグリーンは大きなため息をついた。無意識で傍にあるものを蔓の中に呑みこんでしまうポケモン――
モジャンボに頭を突っ込んでいるのだから、呑みこまれないように注意しろ。グリーンは何度ホクトに注意したことかわからない。
毎度毎度、言っても分からないホクトを一度は見捨てやろうかと思ったが――
「蔓吉、ホクト引っ張り出すから外に行くぞ」
果てしなく疲れ果てた声でグリーンはモジャンボに声をかけると、ため息をつきながら店から出て行く。
その後に続いてモジャンボも、のそのそと店を出て行く。
それをレッドとは、平然と見送っていた。
「ホクトの相方はやはりグリーンが一番しっくりくる」
「ああ、一番はグリーンだろうさ」
あれで意外に世話焼きなグリーン。
故にホクトがボケをかませば居ても立っても居られず助けに入ってしまう――
そんなことが幼い頃からずっと続き、今では完全にホクトの担当はグリーンになっていた。それに関してグリーンは愚痴を洩らすこともあるが、
グリーンにとってホクトは大切な親友のようで、見捨てるようなことは結局なかった。
「…俺の相方はがいい」
ふいにポツリと洩らしたのはレッド。
視線はまっすぐに向かっていた。急に声音の変わったレッドには不思議そうな表情を見せるが、
不意にふっと笑みを浮かべ――
「ぅおぃコラレッド!!
よく考えたらなんでホクトが蔓吉に呑まれてった時点で止めなかったんだよ!!」
「……ッチ」
「お前…!わざと放置しやがったな…!!」
「ギャー!!ジョージくーん!絞まる〜〜〜〜!!!」
レッドとグリーンの間に流れる緊迫した空気をぶち破って響いたのはホクトの絶叫。
外に残してきたホクトたちは相当不味いことになっているようだ。
「クソッ、まずはホクト引っ張り出すの手伝え!」
「…はいはい」
どたどたと店から出て行くグリーンとレッド。
それを先程と同様には平然と見送ると、傍らにおいてあるボールをひとつ放る。
その中からプクリンが飛び出すと、は倉庫から食材を持ってきてくれないかとプクリンに尋ねると、
プクリンは笑顔で頷き、店の奥へと消えていった。
「……男同士の友情もいいものだね。まぁ、まだまだ渋みは足りないけれど」
そんなの言葉に同意するかのようにリザードンが「ガウ」と咆えた。
■いいわけ
なぜか突然のマサラタウンの幼馴染組夢でした。
レッドVSグリーンと銘打ちましたが、景気よくホクトが目立ち、景気よく夢主が目立たないカオスになりました。
でも、この4人組は書くのが非常に楽しいです。恋愛要素はともかく(オイ)、またこのメンツで話を書いてみたいです。
※ジョージくんというのは、グリーンのフシギバナのことです。正しいニックネームは「ジョージ」。