「…………」
「いいのかな?こんなところで油を売っていて」
「問題ないよ、ポケモンリーグは現在休業中だからね…」

 

コーヒーカップを磨きながら尋ねてくるに元気のない返事を返したのは、
カントーとジョウト地方のポケモンリーグチャンピオン――ワタル。
相当落ち込んでいるのか、その声には本気で覇気がない。
しかし、かといっていちいち心配してくれるような細やかな性格をはしていない。
結果、ただただ無常に時間が流れていくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワモノ欠乏症

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愚痴っていいかな」
「今更だね、いつも挑戦者が来ないと愚痴を聞いているのだけど」
「…とにかく愚痴るよ」
「おやおや、今回は相当堪えているようだね」

 

の嫌味を綺麗に無視して自分の話を進めようとするワタル。
そんな彼を前にして無駄に話をはぐらかすほどもイイ性格はしておらず、
空になったワタルのカップにコーヒーを注ぐと「どうぞ」とワタルの話を促した。

 

「最近、コキアケという場所に行ったんだ。
そこで強いトレーナーを見つけてジョウトリーグに挑戦しているように勧めたんだが……」
「断られたのかい?」
「…いや、乗り気だったんだが、諸事情でリーグに挑戦するまで結構掛かるみたいでね……」

 

この世のどん底にいるかのようなため息を洩らすワタル。
よっぽどその挑戦者の実力を買っていた――対戦を楽しみにしていたらしい。
落ち込むワタルにかける言葉も思い浮かばず、は苦笑いを洩らした。
世の中に強いトレーナーというものは案外多く存在する。
だが、選りすぐりのトレーナーたち――
四天王たちを退けることができるトレーナーともなれば、その数はかなり限られてくる。
そのため、公式戦――ポケモンリーグでワタルがバトルすることは滅多になく、
たまのバトルは四天王とのチャンピオン防衛線であったり、たまに力試しにやってくるレッドぐらいなものだった。
そんなマンネリ化したリーグに新しい風が吹く――そう思っていた矢先、リーグへの挑戦が遅れるとの知らせ。
今までないほどに高まった期待と興奮を無残にも押し潰された格好になったわけなのだから、
これほど落ち込んでも仕方ないといえば仕方ないだろう。

 

「…まぁ、遅れるだけならまだいい方じゃないか」
「目の前で餌をおあずけにされたと思ったら、餌が遠くへ行っているのにその場で待てと言われた気分だよ」
「まったくあたなの心中を察せないな」

 

よくわからないワタルの例えに、
はすっぱりと理解できないと言葉を返すと、自分のコーヒーカップに手を伸ばした。
薫り高いコーヒー独特の香り。
これは以前、無理を言って知人から分けてもらった最高級のコーヒー豆を、
澄んだシロガネ山の湧き水で淹れたこの店でも一級品といえるコーヒーだ。
だが、ここまで落ち込んでいる人間に、
こんな至極と言ってもいいコーヒーを飲ませる必要はあるのだろうかという疑問がの頭の中に浮上する。
態々遠い地方から仕入れたコーヒーを淹れずとも、
市販のインスタントコーヒーで問題ないのではないかとが考えていると、
不意にの頭にひとつの案が浮上した。

 

「ワタルが他の地方へいけばいいじゃないか、チャレンジャーとして」
「……長期休暇とはいえ、他地方のリーグに挑戦できるほどの期間はないよ」
「だが、とりあえずバッジだけでも集めておけばチャンピオンへの挑戦も――」
「正直に言っていいかい?」
「ん?」
「ジムリーダーの相手をすることすら億劫なんだ」
「……その台詞、グリーンが聞いたら怒るぞ」

 

――とは言うものの、ワタルの主張も分からないわけではない。
基本的に、ジムリーダーと四天王、そしてチャンピオンの間には大きな実力の差があり、
強いトレーナーとの対戦を求めているワタルにとって、
ジムリーダー――強いトレーナーの代表格ともいえる存在でさえ、相手にすることを億劫に感じてしまうようだった。
相当ワタルが面倒なことになっていると再認識したは苦笑いを洩らすと、
もう一度何か案はないかと頭を働かせはじめる。
だが、それはワタルの不意の一言で中断された。

 

、俺とバトルをしよ――」
「却下だ」
「ここまで俺の辛さを知っておいて断るのか!?」
「知ったことか。私はカフェのオーナーであって、対戦者ではないからな」

 

バトルの誘いをバッサリと却下するに、
ワタルは食って掛かるが、は冷静にワタルの言葉に正論を返した。
このカフェは強いトレーナー同士が競い合うための場所という名目上で建てられたのだが、
オーナーを務めるはバトルをしない――それは暗黙の了解。
今までにそれが破られることはなく、はこのカフェで一度もバトルをしたことはない。
もちろん、今後もするつもりは毛頭ない。

 

「…わかった。汚い話だが、もしが俺とバトルをしてくれるのなら、今年度分の会費は倍払おう」
「買収か」
「ああ、買収してでも――俺は強い相手と戦いたい」

 

真剣なワタルの眼差しを受けては諦めたようなため息をつく。
金銭で買収されるのは大いに癪なのだが、このカフェの経営はなかなかにかつかつだ。
勝敗に関係なく、ただバトルをするだけで顧客を一人確保したほどの金額を得られるのであれば、
それはにとっておいしすぎる話だ。
ただ、何度も言うようだが、
金銭で買収されるのはかなり癪だ。

 

「ワタル、表に出てくれ」
「…交渉成立のようだね」
「いや、私がバトルに勝ったらペナルティとして会費を倍額貰う。
戦って手に入れるものに価値がある――だ。サン、出るぞ」
「ガウ!」

 

の言葉に店の隅にいたリザードンが待ってましたといわんばかりに元気に咆えた。
リザードンを従え店を出て行くを見送ったあと、
ワタルは「よしっ」と気合を入れるとパートナーであるカイリューの入ったボールを手に店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 このお話は、正直に言ってしまうと友情夢です。完璧に彼らの間には友情しかないです。
そして、作者の方もこの二人はコンビにしかするつもりないです。…ただ、有言不実行さんだから…な(滝汗)
結構面白かったのでこういった感じの夢(男女友情)をまた書くかもです。