「なぁ、がホウエンに行ったって知ってたか?」

 

不意に話題を振ったのは、ナギサジムに遊びにやってきていたオーバ。
話を振られたナギサジムのリーダー――デンジは色々な感情を含んだ声で「なに?」と言葉を洩らした。
デンジの反応を見てオーバは、彼がこの事実を知らないのだと確信すると、
「実はな」と自分の知るところを話し出した。

 

「ゴヨウから聞くには、ホウエンの四天王に挑戦するためにホウエンに行ったんだとさ。
のことだ、強いトレーナーとバトルしたくて――っておい?デンジ??」

 

話しながらふとオーバがデンジに視線を向けてみれば、そこには真っ青になったデンジ。
今の話題にオーバは、特にデンジの肝を冷やすような話題は入れたつもりはない。
だというのに、デンジの顔は真っ青になっており、挙句の果てに嫌な汗まで出ている。
思わぬデンジの反応を心配したオーバは、デンジの意識を確かめるように再度「デンジ?」と声をかける。
すると、デンジはふらりと立ち上がった。

 

「……だ…」
「あ?」
「……ダメだ…!ホウエンだけは…!!」
「ぅおい!?デ、デ、デンジ!?!?」

 

ダッシュでジムから跳び出したデンジを、
オーバはただ呆然と見つめるしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛い子にはなんとやら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

118番道路を抜け、がたどり着いた街はキンセツシティ。
ホウエンのほぼ中央部に位置し、
ホウエン全土へ四方に広がる道からは多くの人々が訪れ、また去っていく。
とても人の往来が多い街というわけだ。
それに伴ってか、街は明るく近代的な雰囲気を持っている。
ところが、あまり都会染みたところが得意ではないはなんとなく身構えてしまった。

 

「チー?チィー??」

 

街の雰囲気に気圧されてが戸惑っていると、足元からポケモンの泣き声が聞こえる。
無意識にが足元に視線を下ろせば、そこには不安げな表情を浮かべたチョンチーがいた。
チョンチーの表情を見てハッと我に返ったは、
チョンチーを安心させるかのように笑顔を見せると、膝を折ってチョンチーに触れた。

 

「…ごめん明灯、心配させちゃったね。大丈夫だよ」
「チィ〜!」

 

の笑顔を見て安心したのか、チョンチー――明灯は嬉しそうに鳴き声をあげる。
それを見ても本当に元気を取り戻したようで、スッと立ち上がるとぐるりと周りを見渡した。

 

「……とりあえずポケモンセンターで一休みしようか」

 

不意に目に入った見慣れた建物――ポケモンセンター。
ミナモシティから、ここキンセツシティにやってくるまでの間にポケモンセンターはなかったため、
ポケモンたちに疲労が蓄積していることは確か。
急ぐ旅ではないし、今後、ジムに挑戦する予定があるのだからポケモンたちに疲れを残さないためにも休息は必要だ。
「よし」と思ってがチョンチーに声をかけようと視線を下ろす。
が、チョンチーがいない。
忽然といなくなったチョンチーに「あれ?」とが思っていると、
前方から「チー!チー!」と元気なチョンチーの声が聞こえた。

 

「……よ、よっぽど疲れたのかな…」

 

嬉々としてポケモンセンターへ行くことを促すチョンチーを見て、
自分のポケモン育て方に問題があるのか――などと思いつつ、
はポケモンセンターへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポケモンたちの回復を終え、はポケモンセンターの食堂へとやってきている。
今後の進路を決めるため、そしてこのキンセツにあるジムを攻略するための作戦を練るために、
マップや資料が借りられて、ポケモンたちを出していても迷惑にならないこの食堂を選んだのだった。

 

「電気タイプのエキスパート――なら、灰山がベストだね」

 

キンセツジムのジムリーダー――テッセンの資料を指差しながらがそう言うと、
テーブルの上に置かれたモンスターボールが激しく揺れる。
それを見たは微笑んで揺れたボール――バンギラスの灰山が入ったボールを撫でた。
すると、の隣の席を陣取っていたドンカラスの黒鴉がやや不満そうに声を洩らす。
その声を聞いたは一瞬キョトンとした表情を見せたが、
すぐに黒鴉の主張に納得したようで、バンギラスのボールに向かって申し訳なさそうな表情を向けた。

 

「灰山は今回お休みにさせてね」
「クゥ…」

 

の言葉を聞き、不満げにボールの中で暴れるバンギラスだったが、
ドンカラスがどすの効いた声で鳴きながら睨むと、不満げな表情は見せながらも大人しくなった。
本当に申し訳なさそうにはバンギラスに「ごめんね」と言葉をかけると、
自分の横に立っているルカリオの青波とチョンチーに目をやった。

 

「メインで戦うのは青波。余裕があれば、明灯も頑張ってみよう」

 

の言葉に異存はないようで、ルカリオは納得したようにコクリと頷くが、
チョンチーはあからさまに嫌そうな表情を見せる。
想像していたといえば、想像していたチョンチーの反応には苦笑いを浮かべた。

 

「明灯は今回のジムでバトルの空気になれた方がいいと思うよ。
明灯の特性は蓄電だから電気タイプの技を受けても吸収できるし……。
相手も地面タイプや草タイプの技を使ってくることもほとんどないだろうし……」

 

最近ゲットしたばかりでバトル――特にトレーナー戦の経験が少ないチョンチー。
そんなチョンチーにいきなりジム戦に出て欲しいと頼んで不安にさせてしまうのは当然。
しかし、電気タイプの技を吸収してしまう――
「蓄電」という恵まれてた特性を持っているチョンチーならば、いい戦いができるとは考えていた。
チョンチーを安心させるため、は過去の電気タイプとのバトルを思い出して見る。
だが、不意に脳裏に甦ってきたのは、とてもチョンチーを安心させる材料にはなりそうになかった。

 

「…エレキブル」
「「?」」
「デンジのエレキブルが地震、覚えてた……」

 

ふとの頭に浮かんだのはデンジのエレキブル。
意外なことにデンジのエレキブルは、地面タイプの大技――地震を覚えており、とても驚かされた記憶がある。
もちろん、技の意外性もだったが、エレキブルの攻撃を最大限に引き出したその威力にもは驚いた。
地面タイプを覚える電気タイプのポケモンは意外に少なくはないが、
特殊攻撃力が伸びる種族の多い電気タイプに態々覚えさせたところで大きなダメージは望めない――
そんなの常識をひっくり返すようなことだった。
遠いシンオウの電気タイプのエキスパート――デンジことをは何気なく思い出していると、
不意にブルブルと震えているチョンチーが目に入った。

 

「明灯…?どうした――」
「チィ〜〜〜!!」
「あ」

 

目にもとまらぬスピードでルカリオの頭から飛び降りて逃げ出すチョンチー。
あまりの素早さに呆然とするたちだったが、ハッと我に返ると慌ててチョンチーを追いかけようと席を立とうとした。
が、それは途中で中断された。

 

「おーおー、どうしたチョンチー。なにがそんなに怖いんじゃ?」

 

食堂から飛び出そうとしたチョンチーを不意に抱きとめたのは一人の老人。
パニック状態になっているチョンチーを慣れた様子で「よしよし」と宥めると、
チョンチーも落ち着きを取り戻したようで静かになっていく。
慣れた様子でポケモンを扱う老人には感心したが、不意に脳裏を掠めた記憶に固まった。

 

「お嬢ちゃん、この子はお前さんのポケモンかい?」
「……!は、はいっ…私のポケモンです…!」

 

老人にチョンチーの持ち主かと尋ねられ、は慌てて返事を返し、チョンチーに手を伸ばそうとするが、
チョンチーの目が潤んでいることに気づくと、ゆっくりと手を引いてチョンチーに顔だけを近づけた。

 

「無理強いはしない。
明灯がどうしても嫌なら、青波たちに頑張ってもらう。…だから、戻ってきて」

 

そう静かにが言うと、チョンチーは少し困った表情を見せたが、
老人の腕からぴょんとの腕へと飛び込んだ。

 

「うむ、よかったの〜。しかし、お嬢ちゃんはそのチョンチーになにをさせようとしとったんじゃ?」
「その…ジム戦を……」
「ジム戦?このキンセツの?」
「…はい」

 

恐る恐るといった様子では老人の質問に答える。
すると、老人は突然「わっはっはー!」と大声で笑った。

 

「そうかそうかー、お前さんはバトルを嫌がっとったのか〜。じゃが、キンセツジムはお前さん向きもしれんぞ〜」
「チ、チィ〜?」
「…明灯、その人がキンセツジムのジムリーダーのテッセンさんだよ」
「……チィ?」
「はっはっはー!面白い偶然もあるもんじゃの〜!」

 

次の瞬間、チョンチーの絶叫がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ〜、遠路遥々シンオウからホウエンに!
うむ!若いうちから色々な土地を回るのはよいことじゃからな!」

 

チョンチーを捕まえてくれた老人――テッセン。
言うまでもなく、彼はこのキンセツシティにあるキンセツジムを取り仕切るジムリーダーだ。
これからジムに挑戦するというに興味を持ったらしく、
テッセンは自らをジムへと案内していた。

 

「シンオウといえば、お嬢ちゃんはデンジというジムリーダーを知っておるか?」
「はい。デンジさんとは何度もバトルさせてもらっています」
「おお?珍しいこともあるもんじゃ、デンジが同じトレーナーと何度も戦うとは…」

 

テッセンの意外な言葉には首をかしげた。
初めてバトルをしたあと――バッチを貰ってからはデンジから再選の約束を受けたのだが、
テッセンの言葉を聞くとそれは珍しいことらしい。
デンジとはよく一緒にバトルする仲であるため、にとっては意外な事実だった。

 

「ジムで練習試合を申し込むと快く応じてくれるんですが……」
「ほぉ〜アイツもジムリーダーとしての自覚が出てきたということかのぉ!」
「(……それは…どうなんだろう…)」

 

同じトレーナーともバトルをするようになった。
=ジムリーダーとしてトレーナーたちを指導する立場だと自覚した。
――そうテッセンは解釈したようだったが、はそれはどうかと思った。
ナギサでの停電騒ぎのこともあるが、なによりもの中で引っかかっているのはジムトレーナーたちのこと。
ナギサジムを出入りするうちにジムトレーナーたちとは自然と仲良くなったのだが、
半数以上のトレーナーたちからあまりデンジから指導してもらえないという不満を聞いたことがあった。
ジムトレーナーでさえ指導不足を訴えるのだから、一般トレーナーへの指導などおそらく皆無。
そんな想像が容易にできてしまうの知るデンジに対して、
テッセンの想像するデンジはジムリーダーとしての自覚をしっかりと持った立派な人間になっている。
デンジと知り合ってそれほどの時間が経っていないが、
親しそうなテッセンに意見するのもでしゃばっているようで心苦しいのだが、
もし自分の想像するデンジと対面したときのことを考えると、は口を開かずに入られなかった。

 

「あの…テッセンさん。……一般トレーナーである私が言うのは生意気とは思うんですが……。
…その、デンジさんはまだ指導者としての自覚は低いと思います…」

 

そう切り出し、は自分の知っているデンジの現状をテッセンに伝える。
それをテッセンは「ほうほう」と相づちを打ちながら聞いてくれているが、の内心は穏やかなものではなかった。
ただの一般トレーナーである自分が、ジムリーダーに対して「指導者としての自覚が低い」と言っているのだ、
それはもうかなり盛大にテッセンの目には生意気なトレーナーだと印象付けられていることだろう。
それでも、デンジの正しい現状を知って欲しいのはの本心だった。
デンジの現状を伝え終え、は「以上です」と言ってテッセンに視線を向ける。
すると、テッセンはニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべていた。

 

「ぬふふ…!お嬢ちゃん、デンジのコレかい?」
「コレ……??」

 

内緒話でもするかのようにの肩を抱き、くぃとテッセンが持ち上げたのは小指。
ニヤニヤと楽しげに笑みを浮かべながら尋ねるテッセンだが、
尋ねられているといえば、テッセンの質問の意図をまったく理解できておらず、キョトンとしていた。
そんなを見たテッセンは「うわっはっはっはー!」と大きな声で笑い出した。

 

「そうかそうか、デンジのヤツのか――」
「ウオオォォォォン!!」

 

テッセンの言葉を遮って轟いたのはレントラーの咆哮。
聞き覚えのある鳴き声にふとが振り返ってみれば、
そこにいるのはテッセンとの話題に上がっている――デンジだった。

 

「ジジィ…!!」
「おーデンジ!久しぶりじゃな!」

 

久々にデンジと再会できたことを喜んでいるのか、
テッセンはニコニコ笑顔でデンジに近づくと、景気づけるようにデンジの背中をバンバンと叩く。
テッセンの熱烈な歓迎にデンジはイラっとしたが、
が居る手前、テッセンに対して乱暴な行動をとるわけにも行かず、ただ不機嫌な表情でテッセンを睨んだ。

 

「お前も運がいいのぉ〜」
「ジジィ…!わかっててやってんのか…!!」

 

しかし、デンジの睨みなどテッセンにとってはまったく恐ろしいものではないようで、
先程まで浮かべていたニヤニヤとした表情に戻ると、この上なく楽しげにデンジの方を励ますかのようにポンポンと叩いた。
デンジを小バカにしたようなテッセンの態度に、精一杯耐えていたデンジの堪忍袋の緒も切れた。

 

「ジジィ!今日こそは引導を――」
「デンジ――さん、先約は私なんですが」
「………ぁ」

 

臨戦態勢に入ったデンジに冷静に待ったをかけたのは、若干蚊帳の外状態になっていた
デンジを見つめているの表情はいつもと変わらぬ無表情に見えるが、その目の奥には好戦的な光が潜んでおり、
自分よりも先にテッセンとバトルをするつもりなら、まずは自分と戦えとでも言っているかのようだった。
の意図に気づいたデンジは冷静になった――
と、いうよりは怯んだらしく、に「悪い」と早々に謝った。
デンジの謝罪を聞き、デンジはテッセンとのバトルを諦めたと判断したは、
スッとテッセンに向き返ると落ち着いた様子で口を開いた。

 

「デンジさんとバトルをしたいとは思います。――でも、私とバトルしてください」

 

真っ直ぐテッセンに注がれるの真剣な眼差し。
もちろん、テッセンに断る理由など何一つとしてない。
だが、歳のせいか、元々の性格故かはわからないが、
の横で少しふてくされたような表情を浮かべている若者をからかわずにはいられなかった。

 

「さて…どうしたものかの」
「…もともと、バトルするつもりだったんだろ。なら、バトルしてやれよ」
「しかしなぁ…せっかく弟子ともいえるお前さんが来てくれたのに相手をしてやらんというのもなぁ〜」

 

完全に何かを別の意図を含んだテッセンの言葉に、デンジは思わず「クソジジイ…!」と心の中で悪態をつく。
しかし、そんなことを思ったところで事が好転するわけはない。
どうしたものかとデンジは頭を働かせようとしたが、ふと、考えずともこたえは出ていることに気がついた。
今のテッセンはまともなやり取りを望んでいるわけではない。
今、彼が望んでいるのは――

 

「……俺からも頼む…とジム戦をやって――…くだ――」
「よーっし!ジム戦じゃ、お嬢ちゃん!ワシの電気ポケモンは強いぞ〜!覚悟はいいな!」
「…はい。よろしくお願いします」
「よしよし!楽しいバトルになりそうじゃ!…ほれ、デンジなにしとる。さっさとジムに行くぞ〜」

 

デンジの言葉を無視していつの間にやらとのジム戦を決定しているテッセン。
ニコニコとこの上なく楽しそうな笑顔を浮かべてを連れてジムへと消えて行った。
そのテッセンとの背中を見送ったあと、デンジはポツリと呟いた。

 

「絶対ェ一発殴る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 前半、ただのオリジナルでした。夢の要素ゼロですみません…!!
後半のデンジがテッセンさんにからかわれるところを書きたかったのですが、そこに至るまでに時間が…。
長さを気にして夢主の行動を掘ったのがそもそもの間違いでした(滝汗)
 また、テッセンさんでデンジをからかうかもです(笑)