コーヒーカップを持ち上げると、ふんわりと上品なコーヒーの香りが鼻を撫でる。
まずは香りだけを楽しみ、そのコーヒーの持つ独特の香りを楽しむ。
ある程度香りを楽しんだところで、ゆっくりとコーヒーを口へ運んだ。

 

「……また腕を上げましたね。素晴らしいですよ」
「あなたに褒めていただけるとは、光栄だね」

 

コーヒーを飲んだ男性――ゴヨウから賞賛の言葉を受けると、
コーヒーを入れた女性――は嬉しそうに笑みを浮かべる。
そんな彼女の反応を見て、ゴヨウはもう一度コーヒーを口へと運んだ。
また、薫り高いコーヒーの風味が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ャンス逃さず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、この豆はシロガネ山の湧き水と相性がいいようでね。
私としてはこれがベストだと思うんだが――どうだろう?」
「私もこれがベストだと思いますよ。風味を殺さず、かといって苦味も強すぎず丁度いい」

 

そうの問いに笑顔でゴヨウは答え、ふと自分がいつも淹れているコーヒーの味を思い出す。
ゴヨウ個人としては、このシロガネ山の湧き水で淹れたものが一番好みなのだが、参考までにと口を開いた。

 

「おそらく、この豆は硬水よりも軟水の方がいいのかもしれませんね。
テンガン山の湧き水だと、スッキリとした味わいになるのですが少し苦味が強いんです」
「ふむ…それは興味深い。是非一度飲んでみたいな」
さえよければ、シンオウを案内しますよ?」
「しかし…なぁ。客入りが少ないとはいえ、勝手に店を空けるわけにもいかないだろう」

 

ゴヨウの誘いにの本心は乗り気のようだが、彼女の立場がそれを良しとしない。
このカフェは個人が経営している店というわけではなく、
ポケモン協会がスポンサーとなっている店であるため、の私的な用で店を空けることは許されないのだ。
街へ買出しへ、カントージョウトのジムリーダーたちに挨拶に――
その程度であれば、少し店を空けるぐらいは許される。
だが、遠いシンオウへ向かうとなれば話は変わるだろう。
日帰りで帰ってくることができる場所ではない以上、数日の間店を空けるとなれば、
たまたま誰かが来て、店が営業していなかったとポケモン協会に連絡でもされたら一大事だ。
間違いなく――

 

「理事殿に何時間説教されるやら…」
「生真面目ですからね、あの方は」

 

ため息をついて言うに、ゴヨウは苦笑いを浮かべて言葉を付け加えた。
ポケモン協会においてこのカフェの担当になっているのは、ポケモン協会の理事の一人であり、の実父。
ゴヨウの言葉通り、彼は非常に真面目な人物で、義務や決まりを最優先事項としているため、
私用で決まりを犯そうものなら、数時間に亘る説教を受けることになる。
しかも、実の娘であるには特に厳しいため、下手をすると半日ぐらいもの間、説教されそうなものだから怖いのだ。
真面目すぎる実父の顔を思い浮かべながらは再度ため息をつく。
なにかシンオウへ行くいい口実はないか。
自分の立場を利用した――

 

「…最近、ナギサシティで大規模な停電があったらしいね」
「おや?どうしてあなたがそんなことを?」
「いつだったか、マチスが来たときに話していてね。
しかも、原因はジムの改造に夢中になったジムリーダーらしいじゃないか」

 

の顔に浮かぶ不適な笑み。
それを見たゴヨウは「ああ」と納得した。

 

「電気タイプのエキスパートというなら、ポルの出番だな」
「あまり油断しない方がいいですよ。彼のポケモンは弱点をカバーする技を覚えていますから」
「それはありがたいご忠告を」

 

楽しげに笑うゴヨウに笑顔で礼を言うと、は引き出しから紙とペンと封筒を取り出すと、
手馴れた様子で紙に文章をスラスラと書き上げていく。
そして、最後に自分のサインを書くと、スッとゴヨウの前に紙とペンを差し出した。

 

「四天王殿の言葉があれば、理事殿も何も言えないだろうさ」
「おやおや、またあの方からの信用を欠きそうですね」
「そんなことはないさ。先日のあなたの評論に理事殿はとても感心していたよ」
「では、信用を欠くのはあなただけですか」
「さてね。あの方が相当の頑固頭でなければ、そろそろ――諦めるさ」

 

さして大したことではないとでも言うかのようにはそう言うと、店からテラスへと出て行った。
それをゴヨウは苦笑いで見送ると、が渡してきた紙とペンを取り、のサインの横に自分の名前を書いた。
そして、紙を適当な大きさに折って封筒に入れると、店の隅で本を読んでいるリザードンに声をかけた。

 

「サン、お願いできますね」
「グルゥゥ…」

 

リザードンは呆れと諦めを含んだ声を洩らすと、店の壁にかけてある鞄の紐を咥え、それをゴヨウに鞄を差し出す。
ゴヨウはそれを受けてリザードンの差し出した鞄に封筒をしまうと、しっかりと鞄の口を閉めた。
鞄の口が閉じられたことをリザードンは確認すると、器用に鞄を肩にかけてのそのそと店の出口へ向かう。
そのリザードンの背中を見送りながらゴヨウは「いってらっしゃい」と声をかけると、
リザードンは「ガウ」と返事を返して店から出て行った。
その数秒後、強い風によって窓ががたがたと騒ぎ出す。
どうやらリザードンは自らに与えられた仕事をこなすために旅立ったようだ。
一度立った席へと戻り、ゴヨウは少し冷めたコーヒーを口にする。
香りや風味がやや落ちた気がするが、それでも市販の豆から比べれば十分に美味しい気がした。

 

「文句を言うなポル。これもテンガン山の湧き水を――ではなくて、仕事のうちだ」
「ガウ!ガウガウガウ!!」

 

店に戻ってきたが連れているのはニドキング。
シンオウへわたるに付いて行くのが嫌なようで、猛抗議をしている。
だが、不意にニドキングの腹部に桃色の影が走った。

 

「グギィィイイ!!?」
「プックリ〜ン」

 

腹部を抱えてうずくまるニドキングをニコニコ笑顔で見下ろすのは、冷気をまとった拳を構えているプクリン。
ニドキングは殺気立った視線をプクリンに向けるが、
プクリンといえばそれがどうしたと言わんばかりに笑顔を見せており、まったくニドキングに怯んでいる様子はなかった。
彼らは特にと付き合いの長いポケモンたち。故に、お互いのこともよく熟知している。
これ以上プクリンを睨んだところでどうにもならないと諦めたニドキングは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、
いつ間にやら用意されたボールへと入っていった。

 

「グッジョブ、バル」
「プックリン」

 

の言葉に嬉しそうにプクリンは返事を返すと、の手の中にあるボールの中へと入る。
プクリンの入ったボールとニドキングの入ったボールを、
は太ももに装着されたホルダーにしまうと、別のボールを放った。

 

「シャン、留守を頼む」
「……………」
「大丈夫だ。一人でいるのは半日程度。今日中にサンも戻る」
「クゥ〜ン…」

 

不安げな鳴き声をもらすラプラスをは優しく撫でると、再度「大丈夫だ」と声をかける。
すると、ラプラスは少し不安そうだったものの、コクンと頷いた。

 

「善は急げだ。行くとしよう」
「常に準備をしているとは……さすがですね」
「チャンスは逃がしたくないからな」

 

そう言ってはカウンターの奥からキャリーバッグを出すと、早々に店の外へと向かう。
それを見てゴヨウは笑みを浮かべると、の後を追うように店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 なんじゃこりゃっていうね。宣言どおりのカントー夢主での男女間友情夢でございます。
この2人はなんとなーく波長が近い感じで、仲良くしてくださると燃えます(笑)
 因みにこの話、わかりやすく続きます(笑)