テンガン山の山頂付近でちらつく雪。
下界の排気に犯されていない空気と水によって形成されたそれは何処までも白く、降り積もればうっすらと青白い。
この美しい雪も、シンオウの厳しいながらも自然豊かな風土が作り出した芸術なのだろうと思うと、あまり邪険にもできない。
寒さの象徴ではあるが、自然環境を知る上での目安にもなるのだから。

 

 ガウ!ガウガウ!! アホ!もっとペース配分考えろ!!アホ!もっとペース配分考えろ!!

 

そんなことをが考えていると、後方から聞きなれたニドキング――ポルの怒鳴り声が聞こえる。
相当ご立腹のようで、地団駄を踏んでいるのであろう「ドンドン」という足音も聞こえてきた。
思考の海から急に現実に引き戻され、はやや不機嫌そうな視線をニドキングに向ける。
そして、呆れたように言葉を返した。

 

「この程度でへばるほど軟弱ではないが」
 ゥグルルル…!! オメーの心配してんじゃねェよ…!!オメーの心配してんじゃねェよ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指すは頂後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポル、怒らないでください。は道がわからないのですから無闇に1人で先に進んだりはしませんよ」
「………」

 

しれっとした様子で返事を返してくるに、ニドキングはイラだった様子で唸り声を上げる。
だが、ゴヨウが冷静にニドキングを諭すと、ニドキングは不機嫌そうにを睨んだあと「フンッ」と鼻を鳴らすと、
先程まで苛立っていた姿が嘘のように大人しくなった。
おそらく、ゴヨウの言葉に納得したというよりは、ゴヨウに迷惑をかけないため――なのだろう。
でなければ、敵意にも似た感情を宿したあんな目でを見るわけがない。
基本的に人間に従うことを嫌うニドキングにしては珍しい――とが心の中で思っていると、不意にくいくいと服を引かれた。

 

「バル?なんだい?」
 プックリ〜――ぶっ あのね〜――ぶっあのね〜――ぶっ

 

の服を引いたのはプクリンのバル。
なにかに伝えたいことがあったようだが、それを口にするよりも先にプクリンの顔面に大量の雪が投げつけられた。
普通であればこの突然の状況に動揺するところなのだが、
プクリンを攻撃した存在に対して心当たりのあるは、冷静に後方――ニドキングとゴヨウがいる方向へ視線を向けた。
先程あまり変わらないようにも見えるが――
好戦的に揺れるニドキングの尻尾がすべてを物語っていた。

 

「……バル、ここは大人の対応でボールに戻ってくれないか?」
  …ププ……リン?  …リベンジマッチはあり……だよね?…リベンジマッチはあり……だよね?
「テンガン山を降りたら存分に」

 

薄く笑みを浮かべてそうプクリンには返事を返すと、
プクリンはニドキングを見てにっこりと笑うとボールの中へと早々に戻って行く。
どうにか防ぐことのできたニドキングとプクリンの喧嘩に安心したは「ふう」とため息をつき、
何気なくニドキングへと視線を戻すと真っ青になったニドキングがそこにいた。

 

「ポル、言っておくが自分で蒔いた種だ。文句は受け付けないぞ」
…………ガウ…………おう…………おう

 

優しさのやの字もない冷静なの言葉に、
ニドキングは力なく返事を返すと憂鬱そうにのそりのそりと歩き出した。
どんよりと黒い影を背負ったニドキングを可哀想に思いながらゴヨウはその後に続くと、急にニドキングが身をかがめる。
前方を見ればそこにはゴツゴツとした岩肌――ロッククライムで登ることのできる斜面がある。
ニドキングの意図を理解したゴヨウは、ニドキングに声をかけて彼の背に乗ると、
ニドキングは「ガウ」と一声鳴いて斜面を登り始めた。
慣れた様子でニドキングは斜面を登りきると、
労いの意味なのか、励ましの意味なのかはわからないが、
はニドキングの肩をポンポンと叩いていた。

 

「フォローしてあげないのですか?」
「男の喧嘩に第三者は不用。というよりも、無粋」
「……一体どんな映画を見たのですか…」

 

自信満々と言った様子でよくわからない理論を言ってのけるに、ゴヨウは呆れを含んだ苦笑いを見せる。
割ととの付き合いは長い方だが、未だにこの突拍子もなく発動する理論にだけはついていけない。
いや、ついていくつもりは毛頭ないのだが、理解ぐらいはしようと努力はしている。
しかし、一向にその成果は上がっておらず、
いつまで経ってものこの点に関してだけは意味不明だった。

 

「いや、これは昔理事殿が隠し持っていた秘蔵の蔵書で――タイトルはなんだったか…」
「……その本についてはコーヒーを飲みながらでもゆっくり伺います。その類の話になるとは長いですから」
「まぁ、この寒空の下で話す話でもない…か」

 

先へ進むようにゴヨウが促すと、は大人しくそれに従って歩き出す。
あの後にゴヨウが続き、更にその後に相変わらず黒い影を背負ったニドキングが続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴヨウの案内でたどり着いたテンガン山の山頂付近にある湧き水の源泉。
シロガネ山ほどではないが、山頂に近づくほど強さを増していったポケモンたちの強さを考えると、
ここは限られた人間しか訪れることのできない特別な場所のように思えた。
そして、その場所からでしか得ることのできないこの水も、とても特別なものに思えた。

 

「……ふむ、見事な硬水だ。人がそのまま飲んでは一発で下すね、これは」

 

湧き水の水質調査を終えたが確信を持って言う。
テンガン山の湧き水は硬水だとゴヨウから聞いてはいたが、
の想像を遥かに超える数値に、驚きを通り越して行き着いたの反応は冷静なものだった。

 

「思うにここの湧き水よりももっと下流のものの方が手軽で飲食には向いているんじゃないかい?」
「ええ、人の飲食には不適なのですが、鋼タイプや岩、地面タイプを育てるにはとてもいいのですよ」
「…確かにこの硬水にはミネラル分が大量に含まれているから……いいのかもしれない。
特に鋼タイプは飼育下だとミネラル分が不足しがちだと聞くし…」

 

いつだったか読んだ論文を思い出しながらはゴヨウの横に控えているドータクンに視線を向ける。
正直、実際に見たことのあるドータクンはゴヨウのこのドータクンだけなのだが、
前々から輝きにしても耐久性にしても優れているとは思っていた。
だが、それはこのドータクン事態の素質と、
ゴヨウのトレーナーとしての手腕の結果なのだろうと思って特に気にかけていなかったのだが、
今回のことですべてに合点がいったように思えた。
改めてテンガン山の湧き水の凄さをが実感していると、場違いな電子音が響く。
条件反射で音のする方に視線を向けると、
そこにはポケギアを手に連絡を取ってきたであろう相手をなにやら話している様子のゴヨウ。
ニドキングと共に「どうしたのだろう?」と顔を見合わせていると、
ポケギアでの通話を終えたゴヨウがたちの元へとやってきた。

 

「申し訳ありません、私はここで離脱します」
「……まさかとは思うが、挑戦者かい?」
「ええ、そのまさかです」
「……リーグへの挑戦者が現れたことは喜ばしいが――今リーグは休業中ではなかったかな?」
「そう…なのですが、センタというトレーナーの挑戦をオーバが了解してしまって、急遽招集がかかった――という次第です」

 

苦笑いを浮かべてにゴヨウが事情を説明すると、
は「オーバか…」と呆れと諦めを含んだため息をついた。
ゴヨウと同じくシンオウリーグの四天王であるオーバ。
過去に何度か面識もあり、知らない存在ではない。
それ故に、この急な召集の理由にもはすんなり納得することができた。
本当はこのあともゴヨウに付き合ってもらいたかったが、
こちらが趣味なのに対して、ゴヨウは貴重な仕事。
わざわざ天秤にかけずとも、答えははっきりしていた。

 

「オーバにナギサジムのリーダーが戻ったらジムに直行するように伝えて欲しい」
「ええ、必ず伝えます」

 

の言葉の意図を理解したゴヨウは笑顔で応じると、
パートナーであるドータクンの名を呼び、ボールへ戻るように指示すると、
コクンと頷くようなしぐさを見せるとドータクンはすんなりとボールへと戻っていく。
そして、ゴヨウはドータクンの代わりにネンドールをボールから出した。

 

「……ところでどうやってリーグへ?移動手段もないのに。…ウィグが必要なら――」
「いえ、ご心配には及びませんよ。私のネンドールはリーグへテレポートできますから」
「ほぉ、それは凄い上に便利だね」

 

ネンドールでリーグへ戻るというゴヨウの話を聞いて、
はどこか納得できずに引っかかっていたゴヨウが移動手段を持たない理由にやっと合点がいった。
帰りは一瞬で帰ることができる分、行きに多少時間がかかってもトータルで見れば問題がないということなのだろう。
一人が心の中で納得していると、不意にゴヨウがの名を呼ぶ。
ハッと現実に引き戻されてゴヨウの声の聞こえた方へ視線を向けると、
そこにはポリタンクを抱えたネンドールとゴヨウがいた。

 

「では、私はここで失礼します。最後まで付き合えず申し訳ない」
「ここまで付き合ってもらっただけでもありがたいよ、ありがとう。このあとのリーグ戦も頑張ってくれ」
「応援ありがとうございます。では、行ってきます」

 

そうゴヨウが言うと、ネンドールがテレポートを発動し、あっという間にゴヨウとネンドールは消えてしまった。
改めてネンドールの能力を高さに感心していると、今まで横で沈黙を保っていたニドキングが「ガウ」とを呼ぶ。
「どうした?」とがニドキングに質問を促すと、ニドキングはやや嫌そうな表情を浮かべながら、
自分たちはどうやって水の入ったポリタンクを持ってテンガン山を降りるのか尋ねてきた。
そんな質問を自分にぶつけてきたニドキングには驚いたような表情を見せると、
当たり前だとでも言うかのように返事返した。

 

「お前が持って降りるに決まっているだろう」

 

数秒後、言うまでもない感じでニドキングが全力でキレた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 ゴヨウさんとお別れいたしましたが、この話(というかシリーズ)は終わりません。まだまだシンオウメンバーと絡みます。
個人的には言うまでもない人物と顔を合わせる予定です。因みに、まだデンジはホウエンに滞在中です。
 この話のシリーズ、かなりただのオリジナル話で申し訳ないです(滝汗)でも、楽しいから書いちゃうんだ…!