「(ゴヨウさん……何の用だったんだ…?)」

 

 ナギサジムの最奥にある部屋で、
機械をいじりながらふとそんなことを思ったのは、ナギサジムのジムリーダー――デンジ。
諸事情あってデンジがホウエン地方へ行っていて事務を留守にしていたのだが、
その間にシンオウリーグの四天王であるゴヨウがジムを訪れたと留守を任せていたジムトレーナーから報告を受けていた。
 ゴヨウと同じく四天王のオーバとは親友同士で仲はいいが、ゴヨウとはそれほど親しくはない。
そんなゴヨウがわざわざジムにやってきたということは、
考えずともなんらかの用があったことは確かなはずなのだが――

 

「もう、役目は終えましたから」

 

 ――と、ゴヨウになぜか笑顔でデンジは返事を返されてしまった。

 

「(ゴヨウさんの……役目…?)」

 

 ゴヨウの役目――普通に考えればそれはシンオウリーグの四天王。
しかし、その「役目」を「終えた」というのはいささか信じ難い。
 ゴヨウは四天王で最も強いトレーナー――それはチャンピオンであるシロナに次ぐ実力の持ち主だということでもある。
それは肩書きだけの話ではなく、実力も伴った現実的な話で、間違っても四天王を降ろされる――ということはまずない。
 しかしかといって、四天王の役目を降りてまでゴヨウがやりたいことがある――というのも現実的ではない。
四天王としての仕事の傍ら、評論家としての仕事をしているらしいが、
その評論家としての仕事のために四天王の役目を降りる――というのも、考え難かった。

 

「よーっす」
「…オーバ?」

 

 ゴヨウの言葉の真意についてあれこれ考えていたデンジの耳に届いたのは聞きなれた親友――オーバの声。
 思ってもみない親友の登場に、デンジは思わず驚いた表情を見せると、
オーバは一瞬はきょとんとした表情を見せたが、ふと我に返ると苦笑いを浮かべて「なに驚いてんだよ」とデンジに返した。

 

「いや、少し考え事をしていて…」
「もしかしてゴヨウか?」
「…何か知ってるのか?」
「いや、なんも。オレもゴヨウにナギサジムここに行くように言われただけでよ」

 

 過度の期待をしていたわけではないが、
ゴヨウの意図についてなにも知らないというオーバの返事に、思わずデンジの肩が少し下がる。
だが、オーバがナギサジムへやってきたのがただの偶然ではなく、ゴヨウの意図によるところ
――ということは、ゴヨウに何らかの意図があっての行動ということはことは確かだろう。
 しかし、どれだけ考えてもゴヨウの意図は見えず――
気がつけばデンジは、ゴヨウのことも忘れて、オーバにホウエンでの出来事について話し込んでしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなる挑戦者は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジムに挑戦者が訪れた――ジムトレーナーからその連絡を受けたのは30分程前。
――だというのに、その挑戦者は既にジムリーダーであるデンジを完全に追い詰めていた。
 
 油断していた――わけではない。
ジムトレーナーたちとのバトルで、今回の挑戦者が普通のトレーナーではないことはわかっていた。
 ジムトレーナーたちをプクリン一体でいなしていくその姿は――異常でしかなかったのだから。

 

「レントラー!氷の牙!」

 

 デンジの命令に反応してレントラーが挑戦者のポケモン――ガラガラに噛み付く。
 電気タイプの唯一にして最大の天敵である地面タイプのガラガラに対して、
冷気を纏わせたレントラーの牙は強烈なダメージを与える。
それまでのバトルで蓄積していたダメージもあり、レントラーのその一撃によってガラガラは戦闘不能へと陥った。
 しかし、それでもデンジの方が分が悪いことには変わりない。
切り札であるエレキブルは既に戦闘不能状態に陥っており、
デンジの手持ちで戦うことができるのは、今バトルフィールドに立っているレントラー一体。
それに対して挑戦者の手持ちには多少のダメージを負ったプクリンと、未だバトルに出てきていない未知のポケモンが一体。
どんなポケモンかはまったくわからないが、
このチャレンジャーはしっかりと電気タイプの対策をしてきているのだから――十中八九、地面タイプのポケモンだろう。
 
 もし、そのポケモンの性別が♂で、かつ素早さの低いポケモンであれば――デンジにも十分に勝機はある。
「氷の牙」に絶対的な攻撃力はないが、「闘争心」というレントラーの攻撃力を上昇させる
この特性が発動すれば、地面タイプに対して十分な決定力を得ることができる。
 相手のポケモンに左右される――というのはジムリーダーとしてなんとも情けない話だが、
勝利の望みをかけ――デンジは挑戦者の放ったボールに視線を向けた。

 

「っ…!」

 

 挑戦者のボールから放たれたポケモンは――
地面タイプではなく、電気タイプと相性のいい飛行タイプを有したポケモンだった。
その上、性別は♂のようで、特性の闘争心が発動してレントラーの凄みが増した。
 ――が、デンジの勝利はかなり望み薄なものになっていた。
 
 フィールドの上でバサバサと翼を羽ばたかせているのは――プテラ。
古の時代に生きていた所謂ところの化石ポケモンというやつだ。
 現代にプテラは生き残っていない――はずなのだが、現代の最先端技術によって固体が復元されており、
滅多にお目にかかれないポケモンではあるが、まったく知られていないポケモンというわけでもない。
 だから、デンジも知っていた。このプテラが――自分の勝利を打ち砕く力を持っていることを。
 
 空中にとどまっていたプテラが、一気に地面に向かって急降下する。
そして、彼の足が力強くドンッ!と地面についた瞬間、フィールドが大きく揺れ――地面タイプの大技である「地震」が発動する。
その一撃は強烈の一言に尽き、無傷であったにもかかわらず、
レントラーはその一撃によって戦闘不能へと追いやられてしまった。
 そして、ここで今回のジム戦の結果が決定した。

 

「レントラー戦闘不能!よってチャレンジャー・の勝利!」

 

 審判を勤めていたジムトレーナーによって宣言された結果は、挑戦者であるプテラを従えた女性――の勝利。
しかし、シンオウ地方最難関であるナギサジムを攻略したというのに、もプテラもまったく喜んでいる様子はない。
電気タイプ対策をしていたのだから当然――とでも思っているのだろうか?
 まったく好感の持てないの反応に、デンジは内心で苛立ちを覚えながらも、
ジムリーダーとしての立場をわきまえて自分の感情に蓋をする。
そして、フィールドに倒れているレントラーに労いの声をかけてからボールに戻し、
そのまま自分に勝利したにバッチを授与するために彼女の元へと向かった。
 ――が、なぜかデンジよりも先に観客席からジム戦を見守っていたはずのオーバが、いつの間にやらと話し込んでいた。

 

「随分と、力押しな戦い方だったな」
「あなたには負けるけれどね」
「……そーですかい」
ゥグルルルー暴れたりないよー
「ああ、悪かったねウィグ。思いがけずポルが頑張ってくれたものだから…」

 

 からかうような調子で話しかけてきたオーバを無表情で一蹴したにも関わらず、
若干不満げな表情で自分の元へやってきたプテラに対しては小さな苦笑いを浮かべる
 ポケモンに対しては、優しさを見せているところを見れば――性根までは悪いものではないのかもしれない。
しかしだからといって、デンジの中で芽生えたに対する苦手意識にも似た抵抗感は、そう簡単に拭い去れるものではなかった。

 

「…知り合いだったのか」
「あー…知り合いっつーかなんつーか…………なぁ?」
「同意を求められても困るね」
「「…………」」

 

 清々しいほどに切って捨てられたオーバ。
しかし、すでにこのやり取りに慣れてしまっているのか――諦めてしまっているのか、
オーバの表情は穏やかというか悟ったようなもので。
やや短気な彼にしては珍しく、に対して食ってかかるようなことはなかった。
 だが、それに対して、どんどんとの印象が悪くなっているデンジの表情は、
無表情からやや不機嫌そうなものに変わり始めている。
胸に溜まるムカムカとしたものに精神を乱されながらも、デンジはまず、自分の最後の仕事をこなすことを決めた。

 

「…いいバトルだった。……これが俺に勝った証――ビーコンバッジだ」
「ありがとうございます――では、返却します」
「……………は?」

 

 渡した――と思ったら自分の元へと戻ってきたビーコンバッジ。
 だいぶわけのわからない状況にデンジが唖然としていると、
この状況の意味を理解しているらしいオーバが苦笑いを浮かべながらも「よかったな」と声をかけてくる。
が、わけのわかっていないデンジにとってこの状況は間違っても「よい」状況ではないため――
デンジは思わず「はぁ?」とオーバを睨んだ。

 

「ちょっ、オレを睨むなって!つか、も何とか言えよ!」
「…自分で面倒なことにしたのに、まるで私が悪いように言うね」
「うっ…」
「――しかし、もう頃合だ。自己紹介させてもらおうか」

 

 そう言ってはウエストポーチから手帳を取り出し、それを自分の顔ぐらいまでの高さで掲げる。
そして、その次の瞬間に掲示された情報に、デンジの背筋が凍った。

 

「ポケモンリーグ所属の査察官――です。どうぞよろしく」

 

 薄っすらと笑みを浮かべてデンジに手を差し出す
しかし、その手を取る余裕はデンジにはなかった。
 
 ジムの仕掛けを改造しているうちに、ナギサシティ全体を巻き込んだ大規模な停電を起こしたデンジ。
その一件では、ポケモン協会の偉い人たちからそれはもう盛大に大目玉を食らった。
それでも、協会がデンジの高い実力を買っていたこともあり、
ジムリーダー解任とはならず、半年間の減給という形で処理されていた。
 ――だというのに、ポケモンリーグ所属の査察官がやってきたということは、
デンジの一件を許したのはポケモン協会のシンオウ支部のお偉いさんに限ったことであって――
ポケモン協会本部は、デンジの一件を許してはいなかったようだ。
 
 だらだらとデンジの背中を流れる冷や汗。
頭の片隅では考えていた。こんな日が来ることを。
 それほどの大事を起こしてしまった――という自覚はもちろんデンジにはある。
そして、多くのナギサシティの住民たちの口添えと援助があったからこそ、大目にみてもらえたという自覚もある。
だが、だからこそ――事務的に物事を判断する本部に目をつけられたらアウトだと。

 

「――なにを不安に思っているのかは見当がつくけれど、まずは挨拶に応えたらどうかな?」
「ぇ…あ、ああ……。…デンジ、です…」

 

 ぐるぐると考え込んでいたデンジだったが、に促される形で彼女の手を取り改めて名を名乗る。
すると、それを受けたは、急に表情を無表情なものに変えると――「はぁ」とどこか不機嫌そうにため息を漏らした。

 

「まったく、面倒な仕事になってしまったな」
「…………ぇ?」
「だから、『よかったな』って言ったろ?が、お前の首繋ぐために尽力してくれるとよ」

 

 首を切られる――覚悟はしていたが、首を繋いでもらえるとは毛の先ほども思っていなかったデンジ。
オーバの言葉の真偽を確かめるように慌ててに視線を向ければ――
相変わらずは無表情のままだが、自分の言葉を否定することはなかった。
 それは要するに――

 

「お、俺はジムリーダーを続けられるのか…?」
「最大限、努力はするよ。
残念ながら、あなたは実力も人望もある――解任するには惜しいジムリーダーとして優秀な人物だ」

 

 そう言っては、本当に残念そうにため息をつく。
そんなの態度に、本当に自分の首を繋ぐために力を尽くしてくれるのか不安になったデンジ
――だったが、そんなデンジの気持ちを汲み取ったのか、オーバは「残念ってなんだよ」とに問う。
 すると、は感情の浮かんでいなかった顔に面倒くさそうな表情を浮かべ、「言っただろう」と切り出した。

 

「面倒な仕事になった、と。
彼が本当にジムリーダーに不相応だったなら、クビを切って、シンオウ協会の隠蔽を暴いて終わりだったのにね」

 

 ため息混じりにはそう言うと、プテラをボールに戻す。
そして、バトルが終わったというのに、なぜかボールからプクリンを出した。
 先ほどのデンジとのジム戦で、プクリンは多少のダメージは受けていたが、
外に出て活動する分にはまだまだ元気なようで、その程をにアピールするようにプクリンはピョンピョンとその場で跳ねる。
それのプクリンのアピールを受けたは「うむ」と頷くと――ピッと、オーバを指差した。

 

「メガトンパンチ」
なっ!?ちょっとま――」
プックリ〜ン!いっくよ〜!
「ぐぉぼへぇ!!」

 

 オーバの制止虚しく、お見事にオーバの顔面に決まったプクリンのメガトンパンチ。
ジムトレーナーたちのポケモンを一撃で沈めたそれを、無抵抗に喰らったオーバは言葉になっていない声を上げて沈んだ。
 ポケモンが人間を全力で殴るという、
ある意味でありえない状況に唖然とするデンジだったが、たちにとってはなにも不思議なことではないらしく――
オーバを殴って気絶させたプクリンに対してが称賛の声を送れば、
それを受けたプクリンは自慢するようにエヘンと胸を張った。

 

「(緑翼でも…さすがに人は殴らなかったんですが……)」

 

 キンセツシティで分かれた少女のフライゴン――緑翼。
彼女は主人をかなり溺愛しているため、主人に寄り付く悪い虫と認識されているデンジとオーバは、よく彼女に威嚇される。
そして、極たまに実力行使で妨害してくることもある。
 だがしかし――ここまで全力で攻撃されたことはさすがにない。
まして、人間を殴ったポケモンに対して、トレーナーが称賛の声を贈るなど――前代未聞だ。
 
 殴り飛ばしたオーバを放って、プクリンが意気揚々との元へと戻ってくる。
そして、なにやらご機嫌な様子でに話しかけている。
とプクリンがなにを話しているかはまったくデンジにはわからないが、なにやら物騒な話をしているような気がしてならない。
普通、日常的な会話の中で――「往復ビンタ」なんて単語は出てこないはずなのだから。
 不意にデンジに向くとプクリンの視線。
は平然とした表情を浮かべている――が、プクリンの大きな目はこれでもかというほどにキラキラと輝いている。
 ――これは絶対ヤバい。

 

「ちょっと待て!」
「なにかな?」
「どうしてオーバを殴った!?」

 

 どうにも嫌な予感が止まないデンジは、それを振り払うようににオーバを殴った理由を問う。
すると、の横に控えていたプクリンが、つまらなそうとも不機嫌そうともとれる声を漏らす。
そのプクリンの声に、デンジの背筋にゾクリと冷たいものが奔るが、
がプクリンに制止をかけたことによって、デンジの悪寒は若干だが弱くなった。

 

「オーバを殴った理由だが――これは、ほぼ私の私的な理由だよ」
「し、私的な理由…?」
「ああ、彼が休業中のポケモンリーグを、その場の勢いで再開させてしまったせいで――私の予定が大幅に狂わされてね」

 

 の顔には笑みが浮かんでいる。
――が、目がまったく笑っていない。おそらく、相当ご立腹なのだろう。
 
 ポケモンを使って人を殴るのはどうかと思う――が、オーバもオーバで悪かったのだろう。
オーバと付き合いの長いデンジだからこそわかる。
彼が熱くなって、その場の勢いで「ポケモンリーグに挑戦してこい!」と、
ポケモンリーグが休業中にもかかわらず挑戦者に言ってしまう光景が。
 だが、ここでわからないのは――この理由がにとって「私的」とくくられることだった。

 

「…それは、私的な理由か?」
「ああ、経費削減のために休業になっていたが、本来であればリーグは機能していたわけだからね。
リーグを再開させたこと自体はそれほど悪いことじゃないさ」

 

 腹が立ったからと言って暴力を行使したこと、ポケモンに人を殴らせたこと――これに関してはの人格を疑うところ。
だが、自分の役職にかこつけてそれを正当化しなかった部分に関しては――役職者としての信は置けた。
 しかし、こうなると――デンジは殴られる覚悟をしなくてはならなかった。

 

「処罰を受けている期間中にもかかわらず、
協会への報告、許可もなく無断でジムを空けたことは許されることではありません。
――ですが、師であるテッセン氏の『急な誘い』ということで、大目にみましょう」
「!」
「――それに私も、シンオウに長居ができて都合がよかったからね」

 

 フッと不敵な笑みを浮かべてそう言うに、思わずデンジはきょとんとしてしまう。
 自分の都合では権力を使わなかったというのに、初対面であるはずの自分に融通を利かせた
役職者としての信用は少し落ちた――が、彼女の人格については、少しだけデンジは好感が持てた。

 

「とはいえ、これでは他のジムリーダーに示しがつかない――よって、往復ビンタの刑」
「おい待て!それは協会が認めている刑なのか!?」
「いいや?これはただの――教育的指導さ」
プックリ〜ン!しゅっくせ〜い!

 

 嬉々とした笑顔で自分に飛び掛ってくるプクリンの姿を目の前に――
デンジは、やはりこのという人物を好きにはなれないと改めて思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 炎赤主のシンオウ旅話――もとい、友情夢シリーズがとりあえず、完結いたしましたー。
ずっと「書かないとなー」と思っていて、思い切って気合入れて書いたら、気合入りすぎました。
プクリンさんの件はとても楽しく書けました。でも、デンジさんとオーバファンの方に石投げられるよね!こりゃ!(逃)