魔法と呼ばれる技術が発達し、
人ならざる異種族が人間と時に争い、時に助け合って暮らしている――そんな世界のとある時代。
人ならざる異形のものたちを人は――善なるものを「精霊」や「妖精」と呼び、悪たるものを「魔物」と呼んだ。
 人間たちの営みに密接に関わっているのは、善良たる妖精ではなく――悪たる魔物。
人々の生活を様々な形で脅かし、時には人の命まで奪う魔物は、多くの人間たちに恐れられている。
そして、その魔物中でも特別人々に恐れられている魔物が――闇の貴族・吸血鬼であった。

 

 生物の体液を糧とする吸血鬼は、「食事」と称して人間を襲う。
多くの場合、満足するまで吸血鬼は血を喰らうため、吸血鬼に襲われた人間はその場で絶命することが多い。
しかし、吸血鬼の気まぐれによって生かされる人間もいる。
――ただし、それは吸血鬼の僕(しもべ)としての生だが。
 人間を超越した力を持ち、人間を糧として喰らう吸血鬼――だが、その存在は必ずしも絶対ではない。
吸血鬼との戦いに特化した対吸血鬼戦闘の専門家――
ヴァンパイアハンターの登場によって、吸血鬼たちも命を脅かされる立場となったのだ。

 

 そうして、互いに命を狩り合う間柄となった人間と吸血鬼。
 大きな街にはヴァンパイアハンターを統率する協会の支局が置かれ、
小さな町や村においてもフリーランスのヴァンパイアハンターが訪れることもあり、
吸血鬼の傲慢が横行する暗黒の時代はとうに幕を閉じている。
 しかしそれでも、吸血鬼という存在のそもそもの力は恐るべきものであることには変わりはなく、
多くの人々は夜の――闇の訪れを恐れていた。

 

 そうして、人間と吸血鬼の血に塗れた関係を背景に、積み上げられてきた歴史の中で――

 

 

 

 この話は、そんな現世うつよとあんまり関係ないかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界の中心である大陸の北西部――
人里から離れた位置にある海岸沿いの小高い丘に、小さな屋敷がぽつんと建っている。
 いつから建っていたか――それは定かではない。
誰が暮らしているのか――それすら知っているものはいない。
ただ、人々の間で深く浸透しているのが――「屋敷には魔物が巣食っている」という噂だった。
 
 魔物が巣食っている――そんな恐ろしい噂の立つ屋敷に近づくものはいない。
だが、好奇心に駆られた冒険者や欲に目が眩んだ盗賊たちが時折、屋敷へ足を踏み入れることがある。
しかしそのすべてが屋敷に足を踏み入れたまま消息を絶っており、
その事実によって噂はより恐怖をまとって人々に浸透していった。
 足を踏み入れたが最後、生きては帰れない恐怖の屋敷として
人々に恐れられるその屋敷は――実際、吸血鬼や人狼といった魔物たちが暮らす魔の巣窟。
 
 しかし――人々が思っているよりも、この屋敷は恐怖で構築されていなかった。

 

「……………」

 

 屋敷の中で最も広い寝室のベッドで目を覚ましたのは、長いオーカーの髪の少女。
目を覚ましはしたが、未だ意識ははっきりしていないらしく、少女は小さな声で呻きながら数回寝返りをうった。
 そんなうだうだが数分続いたところで――少女はのろりと体を起こし、ベッドから立ち上がる。
そして大きく伸びをしながら、少女はハンガーにかけてあったガウンに袖を通す。
あくびを噛み殺しながら、少女は先ほどまで自分が眠っていたベッドを簡単に整えると、そのまま寝室を後にした。
 
 朝の少しひんやりとした空気に包まれた屋敷の廊下を進む少女。
その姿は一見なんの変哲もない人間の少女に見える。
 だが彼女は人、ではなく魔物――
吸血鬼であり、この屋敷に暮らす魔物たちを統率する存在でもあるのだった。
 
 早々に身支度を終え、少女が向かった先はキッチン。
正式なダイニングルームはもちろんあるのだが、朝食などの簡単な食事の場合は、
このキッチンに併設されている小規模のダイニングでとるのが、少女にとって習慣になっていた。
 朝食をとるべく少女がドアを開けば、香ばしいトーストの香りが――してこない。
代わりにキッチンを満たしていたのは清々しい朝の空気。
その朝の澄んだ空気に、少女はげんなりする――かと思いきや、満足げな笑みをふと浮かべる。
そして、どこか楽しげな表情で壁にかけてあったエプロンを手にとると、
慣れた様子でエプロンをつけ――少女は朝食の準備に取り掛かった。
 
 慣れた様子でベーコンや野菜を切り、
手際よくスープやサラダの準備を進めていく――屋敷の主である吸血鬼の少女。
 一般的に浸透している吸血鬼のイメージから思いきりかけ離れている上に、召使い紛いなことをしているが――
彼女は正真正銘の吸血鬼であり、この屋敷の主でもあった。
 ――テキパキとスープを仕上げる姿からは想像もできない事実だが。
 
 少女がサラダの盛り付けをしていると、不意にガチャリとドアが開く。
反射的に少女がドアの方へと視線を向けると、そこには長身の少年が立っていた。

 

「おはよう、
「おはよう、コージロー」

 

 吸血鬼の少女――に簡単な挨拶を投げたのは、
ブラウンの髪の間から黒い大きな耳がのぞく、人ならざる魔物である人狼ワーウルフの少年――コージロー。
 コージローの挨拶を受け、は彼と同じように簡単に答えると、すぐに手元に視線を戻す。
そっけないの反応だが、彼らにとってそれはすでに日常の一コマなのか、
コージローもそれに対する反応はなく――迷う様子もなく食器棚から食器の準備をはじめた。
 
 キッチンに響くのは、食器が触れ合う音とベーコンが香ばしく焼ける音。
とコージローの間に会話はなかった――
が、2人の間に流れる空気は消して悪いものではなく、心地よい静寂が流れていた。
 そんな穏やかな静寂の中――また、ガチャとドアの開く音が響いた。

 

「お…はよぉ〜……」
「おはよう、シロー」

 

 眠そうに目をこすりながらキッチンへ入ってきたのは、蒼銀の髪が目を引く小柄な少年――シロー。
だが、彼もまた人ではなく、蒼銀の髪の間から白い大きな耳が生えた――人狼であった。
 未だシローは夢と現の間を行ったり来たりしているのか、
のろのろとした足取りで部屋の中央に設置されたテーブルの席に腰を下ろす。
そして、その眠気を堪える様子もなく――シローはこてんとテーブルに突っ伏した。
 
 そんなシローの様子を見ていたとコージロー。
コージローは苦笑いをもらすだけだったが、はやや呆れた様子でため息をついていた。

 

「…身支度ぐらいは済ませてきて欲しいっていうのは――高望みかしら」
「う、う〜ん…?」

 

 完全に舟を漕ぎはじめている白人狼を前に、
呆れた様子で愚痴をもらす吸血鬼と、
その2人の様子に苦笑いしか出てこない人狼。
 
 ――これが、人々が恐れる魔物屋敷の住人まものの真実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 およそ、舞台設定うんぬんばかりでした。あげく、短い。
何気に今後ポツポツと短編でもUPして行こうと思っているので、その前置きみたいなことでよろしくお願いします。
 あんまりに内容ない上に短いので、もう一話UPしております。
こっちもこっちでおよそ設定話なんですけどね…。ただ、後半は若干立向居VS吹雪仕様になっております(笑)

 

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