シロガネ山のとある森の中。
上機嫌なリングマがのっそのっそと森の奥へと消えていく。
それを無言でレッドは見送り、完全にリングマの姿が見えなくなったところで、
徐にミツハニーの甘い蜜が入っていた荷物袋の中を確認した。

 

「…全部配り終わった」

 

空になった荷物袋。それが示すところは、
レッドが機嫌を損ねたリングマたちへの謝罪がすべて完了したということ。
やっと終わった重労働に、思わずレッドの口から安堵とも取れるため息が漏れた。

 

「…やっぱりシロガネ山のポケモンはレベルが高いですね……」
「バトルが好きなポケモンが多いからな」

 

未だリングマの去って行った方をぼんやりと見つめているのは、
シンオウで出会った少女トレーナー――
噂通りなシロガネ山のポケモンたちのレベルの高さに感動と同時に驚いてもいるようで、
シロガネ山にやって来てからは呆然と立ち尽くすことは度々だった。
とはいえ、移動中に突然ボーっとすることはなく、
はレッドの足手まといにはならずに、リングマたちへの謝罪は滞りなく進み、こうして終了した。

 

「…、行くぞ」
「?…どこへ……ですか?」
「強いトレーナーが集まるところ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「人の話を最後まで聞く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

を連れてレッドがやってきたのは、シロガネ山のふもとにある勝負処「Twilight Cafe」。
リングマたちの機嫌を損ねて以来、出禁となっていた場所だった。
しかし、レッドはやっとリングマたちと和解し、出禁は解除となったはず。
あれでいて、この店の店主は手回しの利く人間だ。
すでにレッドがリングマたちと和解していることは知っているだろう。
レッドは久しぶりに訪れるTwilightCafeのドアに手をかけ、意気揚々とドアを開いた。

 

「いらっしゃい、レッド」
…」

 

笑顔でレッドたちを迎えたのはこの店の店主――
彼女は生まれたときからの馴染みの、正真正銘の幼馴染。
だからこそ、レッドにはわかる。
自分を出迎えてくれたの笑顔が、自分の来店を喜んでいるのではなく――
何らかの理由で怒っているということが。

 

「リングマたちとの和解は喜ばしい――けれど、そちらのお嬢さんについては喜べないぞ」
「ま、待った。1人であれば、許可のない人間でもシロガネ山に連れてきていい決まりだろ」
「シロガネ山は――だ。ここは許可を受けた人間しか、場所すら知ってはいけない決まりなんだが…?」
「……聞いてない」
「私はきっちり説明したぞ。お前が話を聞いていなかったか、忘れただけだ」

 

の顔から笑みが消える。
その瞬間、レッドの背筋を悪寒が駆け抜けた。
のこの反応が示すところは、レッドの行動がの逆鱗に触れたということ。
このままでは色々と不味い。
どうしたものかとレッドは頭を働かせると、不意に希望の光が見えた。

 

、ジョウトとシンオウのジムバッチ全部持ってるか…?!」
「は、はい、持ってます」
、バッチが16個あれば協会から許可が下りる――と思う…」

 

シロガネ山の出入りを規制しているのはポケモン協会。
当然、許可を出しているのもポケモン協会だ。
そのポケモン協会がトレーナーの実力のほどを示す基準としているのが、
協会が認めたトレーナー――ジムリーダーを倒すことによって得ることのできるバッチ。
そのバッチの数が多ければ多いほど、そのトレーナーの実力は高いということ。
通常、各地方でバッチは全8個。しかし、が所有しているバッチは16個。
シロガネ山の出入りを許可されるだけの実力があるという証明になるはずだ。
しかし、あくまで「はず」でしかないレッドに確証はなく、最後は自信のない言葉で終わってしまった。
レッドの言葉を耳にしても、の表情に目に見えた変化はない。
重苦しい沈黙が続いたが、不意にが呆れた様子でため息をついた。

 

「…本来、カントーとジョウトのジムバッチでなければ認められないところなのだけどね」
「ということは…?」
「今日のところは大目に見るさ」

 

目を伏せて苦笑い交じりにはそう言うと、レッドとに店に入るよう促した。
レッドはホッとした様子で店の中へ足を踏み入れたが、は戸惑った様子で立ち尽くしている。
だが、それも当然。自分のせいでレッドはに怒られた――そう思っても仕方のない状況だったのだ。
実際はレッドのうっかりで、はただ巻き込まれただけの被害者なのだが、
相当のお人好しらしいは自分に責任があると感じているようだった。
すっかり萎縮してしまった
そんなを尻目に、レッドはに対して「あーあ」とでも言いたげな視線を向ける。
何度も言うようだが、レッドが怒られたことも、がこうして萎縮してしまったのも、
すべてはレッドのうっかりのせい。――だというのに、これではまるでが悪者だ。
心の中ではため息をひとつつくと、腹をくくったようで、カウンターからの立つ玄関へと足を向けた。

 

「お嬢さん、君が気に病む必要はないんだ。決まりを破ったのは君ではなくて、人の話を聞いていなかったレッドだ。
それに、地方違えどジムバッチを16個も持っていることには違いないんだろう?なら、胸を張っておくれ」
「でも、決まりを破っていることには…」
「それは気にしなくていいさ。このことを誰も口外しなければいいだけの話だからね」
「……え?」
「協会に知れたら大目玉だが、協会にさえ知られなければ――強者の来店をこの店は拒まないよ」

 

笑みを浮かべてはそうをフォローすると、後方から「話が違う…」というレッドの不満が漏れる。
するとは、笑顔で振り返った。

 

「レッド、私は彼女の来店は認めたが、
人の話を聞いていなかったお前のことを許したつもりはないぞ」
「…えこひいき」

 

ポロリと悪態をレッドがもらすと、それを聞き逃さなかったは、
相変わらずの威圧を含んだ笑みを浮かべて「悪いかい?」とレッドにことを振る。
完全にご立腹状態のに対してこれ以上の刺激は危険だと判断したレッドは、
素直に「ゴメン」とに向かって謝罪の言葉を口にした。
そのレッドの謝罪の言葉を受けたは、
毅然とし態度を崩さずにレッドに釘を刺すように「反省しておくれ」と言うと、再度の方へと向きかえった。

 

「今更だが、私はこの勝負処『Twilight Cafe』のオーナーを勤めている
お嬢さん、改めて君の名前を聞かせてもらっていいかい?」
「…といいます……」

 

に名前を聞かれ、緊張した様子でに答えを返す
すると、という名前を聞いたは、笑顔のまま「ん?」と首をかしげた。

 

「…マーキャ出身のくん?」
「は、はい」
「……そう。…ちょっと君のトレーナーカードを貸してもらえるかな?」

 

にそう言われ、はバッグの中からトレーナーカードを取り出しに手渡す。
からトレーナーカードを受け取ったは確かめるようにトレーナーカードを眺めたあと、
にカウンター席に座るように促したあと、「ちょっと待っていておくれ」と言って店の奥へと消えて行った。
未だに店に居ていいのかと若干戸惑いがありながらも、はレッドの隣に腰を下ろす。
すると、何気ない様子でレッドが質問を投げてきた。

 

「マーキャって?」
「…ここからだいぶ離れたところにある地方で、自然が多くて…いいところです」
「…マーキャ……か、全然知らなかった」
「物凄く田舎なので…」

 

広大な土地を持ちながらも、人間が踏み込める土地は全体の3割ほどしかないマーキャ。
文化もシンオウなどに比べれば随分と遅れており、まさしく田舎と呼べる場所。
だが、そんな田舎だからこそのいいところもある。
人間と野生のポケモンが助け合い共存する生活はどんな地方にも負けないいいところだろう。
もちろん、人の手が行き届いていない土地だからこそ起きている問題もあるのだが。

 

「…マーキャへ渡るには船か?それとも――」
「マーキャ地方は他地方と一線を引く神秘の土地。渡るとなるとシロガネ山よりよっぽど大変な話さ」

 

レッドの言葉を遮ったのは店へと戻ってきた
何事もなかったかのようににトレーナーカードを返すと、
がシロガネ山の出入りを許可されたことを伝え、徐に一枚の書類をの前に差し出した。
反射的にその書類に目を通してみれば、
そこには「Twilight Cafe」の利用に関する説明と決まりごとが書かれており、
一番最後の部分にはサインを書き込む部分があった。

 

「『Twilight Cafe』はポケモン協会の支援金と会員の会費で経営されている店でね。
店を利用するに当たっては、会員になってもらわなくてはいけないんだ」
「……あの、これからは1人でシロガネ山に来てもいいんですよね…?」
「ああ、もちろん。ルールさえ守れば、自由にシロガネ山を楽しんでかまわないよ」

 

の返答を聞き、は表情を明るくする。
書類の下部にある空欄を指差し、サインやIDを書く場所をに確認すると、
は黙って書類に必要事項を書き込み始めた。

 

「…マーキャに何かあるのか?」
「自然とポケモン保護のために人間の行き来には厳しいのさ。
マーキャは独特の文化を持つポケモンの都市だからね」
「……ポケモンの…都市。…なんだか面白そうだな」
「そんな興味本位で行ける場所ではないよ。年間の受け入れ人数まで決まっているという噂だからね」
「…、マーキャのポケモン協会に知り合いは?」

 

平然ととんでもないことを聞くレッドに、は「オイオイ」と待ったをかける。
仮ににポケモン協会の知り合いがいたにしても、そう簡単にレッドがマーキャに渡ることが許されるわけがない。
マーキャ地方はシロガネ山うんぬんとはわけが違う。
厳しい審査の末にやっと認められるようなことなのだ。
しかし、そんなの常識を超える答えがの口から飛び出した。

 

「一応いるんですが…、それよりも特待枠を使った方がいいと思います」
「「特待枠?」」
「はい。リーグバッチを2地方分を制覇していて、
リーグチャンピオン、ポケモン協会理事、協会の認めたポケモン博士各一名からの推薦を受けると、
ゲストトレーナーとしてマーキャ地方から招かれるんです」
「…そんな制度があるとは…。初耳だったよ」
「条件を満たすトレーナーが少ないので、忘れられてるみたいです…」

 

苦笑いを浮かべながら言うに、レッドとは「なるほど…」と納得した様子で言葉を漏らす。
だが、嬉しいことにレッドならば、簡単にこの条件をクリアできそうだ。
リーグバッチはすでに16個所持しているし、
リーグチャンピオンはワタル、博士はオーキド博士、理事はの父親を頼ればいいだろう。
思いのほかすんなりと成立しそうなレッドのマーキャ地方上陸。
ワクワクとした表情を浮かべてレッドは、に彼女の父親に連絡を取ってもらおうとに視線を向けると、
はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「この特待枠、レッドには厳しいと思うんだが?」
「…理由は?」
「シロガネ山のリングマたちと喧嘩するようなトレーナーを、マーキャに送れるわけがないだろう」
「…あ」
「それを言われると……」

 

ポケモンを保護するために選定されたトレーナーのみが、マーキャに渡ることを許されるというのに、
実力があるからといってはじめから問題を起こしそうなトレーナーを送るバカはいない。
レッドの表面的な実力のみを知っている人間ならばともかく、
ワタルやオーキド博士たちはレッドという人間をよく知っている。
彼を理解しているからこそ、彼らはそう簡単にレッドがマーキャに渡ることを推薦などしてくれないだろう。

 

「十分の間は、君から情報で我慢するしかないな」
「…そうだ。、俺とバトル」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください…今、フルメンバーじゃなくて…!」
「ならそこのパソコンを使うといい。トレーナーカードを入れればどこにでもつながるよ」
「…先にフィールドに行ってる」

 

の手持ちポケモンを知らないようにするためか、
レッドはそう言って屋外のフィールドへとつながっているドアから出て行く。
出て行くレッドには、慌てた様子で「は、はい!」と返事を返すと、
早速パソコンに自分のトレーナーカードを差し込んだ。

 

「慌てずゆっくり選ぶんだよ?焦って選んだ半端なパーティーじゃ、レッドには勝てないからね」
「…どれくらいレッドさんは強いんですか」

 

思っても見ないの問いには一瞬、驚いた表情を見せたが、不意にフッと笑うとに答えを返した。

 

「――現状、ワタルよりも強いよ」

 

その言葉を聞いたの目に灯るのは好戦的な炎。
チャンピオンよりも強いトレーナーを前にしても、怯むことのなかった
久々に面白い後輩が現れたものだ――そうは思いながら心の中で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 この話は、【不幸中の幸い】の後の話になります。
 やっとこレッドさん出禁解除です(笑)ですが、本気の親友となった炎赤主なので、またすぐレッドさんは出禁にされそうです。
今度はこのメンバーにグリーン兄さんをつっこんで書いてみたいです(笑)