「まさか――だったね」
「ええ、このタイミングでジムを空けるとは思いませんでした」

 

そんな会話をしながらナギサシティの町を歩くのはとゴヨウ。
の「仕事」の下見のためにナギサジムに赴いたのだが、
よりにもよってジムリーダーが急にいなくなったとかで、ナギサジムは休業中なのだという。
来て早々に狂いが生じた予定。
しかし、それをはまったく苦に感じていないようだ。
それどころか――

 

「これでシンオウに長くいられる」

 

逆に喜んでいるぐらいだった。
ある意味で正当な理由で滞在期間が延びるうえに、
ナギサジムのリーダーが戻ってくるまでの間は自由に使っていい時間になる。
よく考えれば、この状況を喜ばない方が変だろう。
建前ではあったとはいえ、仕事が滞ったことを上機嫌で喜ぶを見たゴヨウは苦笑いを浮かべる。
こんなところをポケモン協会の理事に見られたら――は丸2日は説教を受けることになることだろう。
しかし、こんなところに彼が訪れるわけもないのだから、ありもしないことを考えるのは不毛。
遠路遥々ジョウト地方からやってきた友人を、もてなしても罰は当たらないだろう。

 

、どこか行きたい所はありませんか?ご案内しますよ」
「まずはテンガン山に行きたいな」
「…テンガン山ですか?湧き水は帰る前日に採取した方が――」
「噂のテンガン山の湧き水を早く味わってみたくてね」

 

そう言っては楽しげに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指すは頂前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、すっかり失念していたね。移動手段がないということを」
「サンをお使いに出してしまいましたからね」

 

普段、はジョウトやカントーを移動する際には、リザードンのサンの力を借りている。
だが、リザードンに理事への手紙を届ける仕事を任せてしまったため、
は自らの足以外の移動手段を失ってしまった。
しかも、ゴヨウも移動手段――
空を飛ぶを覚えたポケモンを持っていないというなんともいえない状況になっていた。

 

「普段は徒歩で移動しているのかい?」
「ええ、シンオウの豊かな自然を感じるにはそれが一番ですから。…それに、時間はいくらでもありますし」
「……そちらのリーグも暇なようだね」

 

ゴヨウの飛行タイプを持たない理由を聞いては苦笑いを浮かべた。
時間はいくらでもある――要するには暇があるということ。
四天王が暇を持てあましているということは、
リーグへの挑戦者がなく、リーグが開店休業に近い状態にあるからだ。
リーグへの挑戦者不足は何処の地方も変わらないな――
と、が心の中で思っていると、不意にゴヨウが笑った。

 

「そうでもありませんよ。最近は強い挑戦者が数人訪れていますし――
チャンピオンに勝利したトレーナーが1人出ましたからね」
「ほぉ…、それは羨ましいことだね」

 

意外な事実が重なり、は珍しく驚きの表情を見せる。
リーグへの挑戦者が複数いることだけでも驚くというのに、
四天王とチャンピオンに勝利したトレーナーまで出たと聞いては、驚くしか選択肢はないだろう。
にとって地元であるカントーでもそういったトレーナーが出てくるといいな――
と、は思ったが、不意に脳裏に浮かんだ幼馴染の顔に、その願いがか叶う可能性がかなり低いことを思い出す。
過去にチャンピオンになったトレーナーがジムリーダーに収まっているってなんだ――と、今更すぎるツッコミを入れながら、
は帰ったらカントーのジムリーダーと四天王の実力について情報を集めようと決めるのだった。

 

「…おや、ヨスガシティが見えてきましたよ」
「あの街か…ウィグ、そろそろ高度を下げておくれ」

 

ウィグ――そう呼ばれたのは、ゴヨウを背に乗せ、足での肩を掴んで飛んでいるプテラ。
リザードンの欠員を補うために、急遽がボックスから呼び出した第二の移動手段――飛行能力を持つポケモンだ。
の言葉を受けてプテラは「ガウ」と返事を返してヨスガシティに近づきながらゆっくりと高度を下げていく。
そして、見慣れた赤い屋根――ポケモンセンターを見つけると迷いなくそこへと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナギサシティからヨスガシティへとやってきたとゴヨウ。
もちろん、2人の目的は当初から変わらずテンガン山で湧き水を手に入れることだ。
しかし、テンガン山の湧き水はなんの準備もしないで上れるようなところにはなく、
それなりに防寒のための装備を整えなくては、とてもではないが死にに行くようなものなのだ。
もちろん、ゴヨウとにそんな危険を冒すつもりはない。
だからこそ、テンガン山に直行ではなく、一度ヨスガティに立ち寄ったのだ。

 

「テンガン山――シロガネ山の比ではないのだろうね」
「シンオウはジョウトよりも大分北にありますから――覚悟した方がいいですよ、寒さには」

 

が見上げる先には白に染まったテンガン山。
高度が高いため寒さが厳しく、テンガン山の山頂は常に行くに覆われているのだという。
もちろん、雪が解けずに残っているような気候なのだから、寒さは生半可なものではないことは容易に想像がつく。
だというのに、追い討ちをかけるようなことを笑顔で言ってよこすゴヨウに、は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
すると、ゴヨウは意外だと言いたげに少し驚いたような表情を見せた。

 

「…シロガネ山の麓に住んでいるのですから寒さが苦手というわけではないのでしょう?」
「私は苦手ではないんだが……今の手持ちがメンバーが寒さに滅法弱くてね。
まともに動けるバルも山向きのポケモンではないし……」
「でしたら野生のポケモンと対峙したときは、私が相手をしますよ。それなら問題ないでしょう?」
「恩に着るよ。…道案内にポケモンの相手までしてもらえるとは……もうあなたに足を向けて眠れないな」

 

道案内はともかく、野生のポケモンの相手までしてもらうなど、
一般人なら仕方ないが、ポケモントレーナーとしてはありえない話。
更に言えば、強者と肩を並べる実力があるトレーナーがしてもらうようなことではない。
情けない自分の状況に呆れているのかは苦笑いを浮かべながら言うと、
ゴヨウはクスクスと笑いながら「気にする事はありませんよ」との肩を叩いた。

 

「『四天王』が『一般のトレーナー』を守るのは当然のことですから」
「……それも――そうだね。私があなたを頼るのは極々普通の構図。負い目を感じる必要はないか」

 

ゴヨウの言葉を受け、は吹っ切れたように自信に満ちた表情を見せる。
だが、吹っ切れたというよりは、開き直ったと言った方が正しいだろう。
大体、ゴヨウはをフォローするつもりであの台詞を選んだわけではない。
の闘争心に火がつけば――と思ったのだが、そう上手くはいかないようだ。
開き直ったに苦笑いを浮かべながらも「そうですね」とゴヨウはを肯定すると、
テンガン山を上るために用意した上着を羽織った。

 

「では、参りましょう」
「ああ、よろしくお願いする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 「チャンス逃さず」の続きでございます。当初は早々にデンジに会う予定だったのですが、気づいたらデンジが失踪事件を起こしておりました。
実際のところは「可愛い子にはなんとやら」と同じ時間軸で進行している話なので、このときデンジはホウエンにいます(笑)
 後編でもゴヨウさんとテンガン山山頂目指して微妙な空気感+ポケモンたちの若干のコントをお届けいたします(笑)